1999年11月29日月曜日

『テッド・バンディ』

 先日、図書館でたまたま『テッド・バンディ』という本を見つけた。その名前には見覚えがあった。以前に訳した本のなかに書かれていた連続殺人犯だ。血なまぐさい話は苦手なので、これまでなら見向きもしなかっただろうが、なんとなく興味がわいた。テッド・バンディは六〇年代から七〇年代にかけて、髪の長い若い女性ばかり数十名、ひょっとすると百人以上、殺したといわれる男だ。知能は並外れて高く、ハンサムで人当たりもよい。だが、見ず知らずの人を殺しても、まったく良心の呵責を覚えない冷血人間だ。最近、日本でもこの手の人間が増えている。  

 彼のような人は、反社会的人格とか精神病質者(サイコパス)と呼ばれ、他者に共感できないことが大きな特徴らしい。その原因がなんと、三歳くらいまでに虐待を受けるなどして、感情の発達が疎外されたことだと考えられているのである。いったんそうなった子供は、身体は成長しても、精神的には決して成熟しないらしい。テッド・バンディも生まれてしばらく施設で育ち、「あやす、抱きしめる――絆を形成するという、赤ん坊の幸福にとってとても大切なこと があとまわしにされた」。彼を殺人鬼に仕立てた要因はほか にもいろいろあるだろうが、三つ子の魂百まで、というのは本当なのかもしれない。  

 そう考えると、親から虐待を受けている大勢の子供たちはどうなるのだろうか。保護さ れた子供たちの心の傷をいやすために、厚生省が 「箱庭療法」という心理療法を導入した、と新聞に載っていたが、心の傷というのがじつは脳の発達段階で受けた傷だとしたら、はたして治癒するのだろうか。子供を虐待する親の多くが、自分自身、子供のころに虐待されているという報告もある。  

 巷では三歳までの早期教育というのが盛んなようだが、知識をつめこむより先に、人間としてごく基本的なことを教えてやらなければ、とんでもないことになる。育児や教育という狭い分野のなかだけでものごとを考えると、肝心なことを見失ってしまうのだろう。翻訳の仕事を通じて、ふだん自分ではなかなか手に取らない分野の本を読むことで、少しずつ自分の視野が広がってきたような気がする。

『テッド・バンディ:「アメリカの模範青年」の血塗られた闇』アン・ルール著、権田万治訳、原書房 (書籍データは2020年11月に加筆)