2001年6月29日金曜日

粉塵と紫外線

 この月末がいまの仕事の締め切りで、もう日がないというのに、まだ先が見えてこない。こんなとき、タイ人なら、「マイペンライ――気にしない、気にしない」とすませてしまうのかもしれないが、私たちの場合はそういうわけにもいかない。となれば、あとできることといえば、コーヒーを飲んで眠気と闘い、できるかぎり家事を手抜きするしかない。  

  というわけで、ここ1、2週間、わが家の床はざらざらだ。歩くと足の裏が真っ黒になる。ふだんは週に2度、家中の床を雑巾がけしているが、それでも足は汚くなる。ちなみに、恵まれた駐在員の家庭と違って、うちにはメイドは「私」しかいない。週に2度、月3000バーツでお掃除をしてくれるという申し出も、苦しい家計と、運動不足への心配から断っている。だが、床だけではない。網戸だってものすごい。うへーっ、となるくらい、雑巾が真っ黒になる。開きっぱなしの辞典や資料のページもざらざら。  

 これは決して砂埃ではない。明らかに排気ガスの粉塵だ。私が住んでいるところは幹線道路から数百メートルの場所で、アパートの前のソーイは、細いわりには交通量が多い、といった程度だ。それでこの汚さだ。ふだんどれだけの粉塵を浴びて過ごしているのだろうか。太郎の屋根にも粉塵ふりつむ、次郎の屋根にも粉塵ふりつむ……。そう、テーブルの上だって、ベッドの上だって、プールにだって、ご飯の上だって、降り積っているのだ。  

 排気ガスを撒き散らすいちばんの犯人はバスだ。バンコクにはまったくひどいオンボロバスがたくさん走っている。公共の乗物なのだから、政府の判断ひとつで、あの真っ黒い煙を吐く物体を、もう少しましなバスに変えられないのだろうか。  

 だが、人間はどんな環境にも慣れてしまうのか、バンコクの人はそれほど気にしてはいないようだ。なにしろ、大きな通りの両側にはびっしり食べ物の屋台が並び、排気ガスをいっぱい浴びた焼き鳥やら焼きバナナを、みんな喜んで食べているからだ。それだけはない。バンコクには歩道というべきようなところに簡易食堂がたくさんあり、多くの人が朝からそういうところで食事をしている。学校に子供を送ったあとのお父さんから、きれいなOLや、デートの最中の若者までが、道端で食事をしているのだ。衛生面は目をつぶるとしても、排気ガスをたくさん浴びながら食事をするのだけは、私には我慢がならない。こういう排気ガスは、人間の身体に直接の悪影響を及ぼすだけでなく、地球の温暖化も加速させている。やっぱりけしからん、といま気象関係の本を訳している私は思う。  

 直射日光を浴びることの多いタイでは、紫外線も心配だ。オゾンホールのせいで、その量 が増加しているとなれば、外出するときはなんと言われようと帽子は欠かせない! 見栄っ張りのタイ人は、戸外で作業をする人を除いて、誰も帽子をかぶろうとはしないが。ふだんはそうやって気を遣っているのに、先日、曇っているから大丈夫だろうと思って、プールが日陰になる2時前に泳いでしまった。ところが、泳いでいるうちに、日がさんさんと照りだした。とにかく早くノルマをこなして(水泳までノルマがあるのは悲しい……?)上がろう、と息継ぎの際もなるべく太陽に顔を見せずに頑張った。それなのに、バスルームの鏡に映ったわが姿を見て唖然。ゴーグルの跡がばっちりついて、ウルトラマンになっているのだ。こうなったら、帽子をやめて目のまわりも焼くべきなのか、はたまた泳ぐときも日焼け止めを塗りたくるべきなのか、いま悩んでいる。  

 こんなことを書いているあいだにも、締め切りはこくこくと近づいている。鈴木先生、マイペンライ・カ! やっぱりだめか……。