2000年9月29日金曜日

『育児室からの亡霊』、『話を聞かない男、地図が読めない女』

 読書の秋だからというわけでもないが、最近、おもしろい本を2冊読んだ。どちらもよく売れている本なので、読まれた方も多いと思うが、『育児室からの亡霊』と『話を聞かない男、地図が読めない女』である。共通点は、どちらも脳の話だということ。ふだん疑問に思っていることの多くが、脳の研究によってここまで解明できるのだから、じつにすばらしい。  

 脳は母親の胎内でかたちづくられ、生後、数年間にさらに成長する。つまり、脳の問題は、子育てと深くかかわりあっているのだ。それなのに、世の中の母親の大半は、そんなことはあまり考えもせずに妊娠、出産、育児をしている。もちろん、子供の教育となれば、熱心な親はいくらでもいる。3、4歳から英語教室やピアノ教室に通わせ、小学生にもなれば、夜遅くまで塾通いをさせ、とにかく知識を詰めこませる、といった具合だ。  

 ところが、『育児室から……』を読むと、そんな努力をしたところで、いかに手遅れかがよくわかる。人間の脳は、妊娠18週目にはすべての基本的な脳細胞が発達している。それらを結合させる樹状突起とシナプスは、おもに生後2年までに大量に生産される。そして、早い段階で知的な刺激を受けないと、細胞は生き残らないのだという。つまり、母親にできる最大の教育は、生まれて間もないわが子に、できるかぎり話しかけ、赤ん坊の要求に応えてやることだったのである! 産後一年間の育児休暇は、やはり最低限、必要なことだとあらためて実感した。 また、胎児期にアルコール、タバコ、薬物にさらされると、赤ん坊の脳は確実に影響を受けるという。それだけではない。母親が受けたストレスも、胎児に大きな影響を与える。

『話を聞かない……』によれば、同性愛者になるのは、胎内で性別が定まるころに、母親のストレスなどが原因で、ホルモンが正常に分泌されなかったことが原因らしい。胎児のころにストレスや化学物質にさらされた子は、通常よりも低体重だったり、神経過敏だったり、知能指数が低くなったりする。  

 幸い、脳は誕生後も成長するので、胎児のときに受けた傷も、3歳くらいまではかなり回復可能らしい。ところが、こういう育てにくい子を、精神的に不安定な母親が育てれば、傷は広がるばかりだ。最初からわが子をいじめようとか、殺そうと思って産む人はほとんどいないだろう。どんな親でも、自分の子が立派に成長すれば嬉しいはずだ。ところが、妊娠中になんらかの問題があり、育てにくい子が生まれることで、つまずきが生じる。それが幼児虐待につながる。虐待された子は、人間としての正常な感情が育たないので、他人に共感できなくなる。他人の痛みがわからないから、犯罪に走る、ということらしい。  

 こういう本は、妊娠中や子育て真っ最中のときに読んだら身体に悪いかもしれない。いまの世の中でストレスのない人などまずいないし、誰だって失敗のひとつやふたつはある。取り返しのつかないことで、母親が自分を責めれば、かえってストレスがたまるだけだ。だから、こういう本はむしろ、将来、人の親になる世代、つまり高校生や大学生に勧めたい。学校の性教育や家庭科の時間にも、エイズの話ばかりでなく、もっと誰の身にも起こりうることに目を向けさせたらどうだろうか。そうすれば、若者が酒・タバコ・薬物に溺れるのを少しは防げるだろうし、親との関係を見直し、自分が将来、家庭を築くときの方向だって見えてくるかもしれない。