そんな問いから、この仕事は始まったと記憶している。私は風流とは程遠い人間で、庭園よりは自然の野山を歩き回るほうが好きなタイプなので、正直言いえば、答えに窮した。しかし、原書の概要を読んでみると、何やら不思議な作品ではあった。外国人が書く現代に息づく日本庭園の豪華ヴィジュアル本なのだ。著者スティーヴン・マンスフィールドは、日本に長らく住み、日本文化に造詣が深く、『ニッケイ・アジア』の定期寄稿者とのことなので、ご存じの方も多いかと思う。
古くはラフカディオ・ハーンのように、あるいは故ドナルド・キーンのように、日本人以上に日本文化の本質を捉えていた外国人もいたし、近年は日本のアニメや漫画、ゲーム、小説などが海外でも幅広く親しまれたおかげか、ウィアブー(Weeaboo)とかウィーブ(Weeb)などと呼ばれる日本オタクのなかには、若い外国人でも驚くほど日本をよく知る人が増えている。
日本庭園の知識など皆無に等しかったし、学生時代に造園学の授業を受けた娘が、夢窓疎石がどうのこうのと言っていた記憶はあっても、当時の私には馬の耳に念仏で、頭には何も残っていなかった。たまたま、スケジュール的に待ち時間ができてしまったときでもあり、腹を括って引き受けてみることにした。したがって私にとってこの仕事は、紙上で日本各地の庭めぐりをしながら、日本の庭園文化を猛勉強する機会となった。著者がたびたび言及する平安時代の庭園書『作庭記』や『後楽園記事』なども少しばかり読んでみたし、大名庭園や小川治兵衛の本などは図書館で借り、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』や、アレックス・カーの『もうひとつの京都』も読んでみた。
もちろん、読めば自分の目で確かめたくなる。のんびり休暇を取って本書で言及される津々浦々の庭園を訪ねる余裕はなかったので、近場ばかりだが、柴又の山本邸、小石川後楽園、湘南台文化センター、根津美術館などを訪ねたほか、用事のついでに安田庭園や向島百花園、国立博物館の庭園をぶらつき、長野に行った折にはホテル犀北館に重森三玲の孫、青作氏が作庭した庭があるのを地図で見つけて訪ね、なかに入らせてもいただいた。
少しばかり勉強したくらいでは、「石の乞はんに従ひて」などという奥深いことはまるでわからない。別に有名な庭園に巨石を見に行かなくとも、八ヶ岳の登山道には見上げるような巨石がいくらでもあるのに、とつい考えたくもなる。遠方から水を引いて遣水などつくらなくとも、苔むした岩のあいだをせせらぎが流れる場所もそこかしこにある。巨石のあいだを通り抜けるときなどは、その岩がそこまで転がり落ちた時代を想像せずにはいられないし、汗だくの体を冷やしてくれる水に手を浸せば、自然の恵みに感謝したくなる。
しかし、日常的に山を歩くことは、山小屋の番人や歩荷にでもならない限り不可能だ。日本の庭の起源を、平安の寝殿造の庭どころか、磐座や賽の河原(と思われるもの)、斎庭や佐庭、結界などにまでたどる本書の説明を読みながら、日本の庭園は自然界の驚異を身近な空間に、いわば作庭家が神に成り代わって再現したミクロコスモスなのかと考え直すようになった。西洋やイスラームの庭園の多くが、人間が自然を支配した象徴として幾何学的で秩序や規則性を感じさせるのにたいし、日本の庭園は不規則な曲線だらけだ。一見すると適当に石を転がし、植栽を配置しただけに見える庭もある。砂利に箒目をつけた、ミニマリズムの抽象画のような石庭ですら、左右対称であったりはしない。「道教の非対称のバランス概念に則した奇数」が、日本の庭には随所に見られるようだ。収まりのいい、割り切れる偶数でなく、危ういバランスを保つ奇数は、所詮、人間のやることは自然には敵わず、諸行無常という感覚に通ずるのかもしれない。落ち葉を掃き終えた庭に、千利休がわざと数枚の葉を散らし、不完全さと自然の揺るぎなさを思いださせたという、本書で紹介されるエピソードには、庭園の美学だけでなく、自然にたいする日本人の哲学が凝縮されている。
飛び石の配置にも意味があることはそれなりにわかったし、庭園内をめぐる「延段」の通路が、来園者に決まった経路を歩かせ、草木や築山による「見え隠れ」の技や、目の錯覚も利用して、さながら遊園地のアトラクションのように、実際よりも広い場所に感じさせていることなどは、なるほど!と納得するものがあった。庭園という世界で、古代から人びとが再現しようと思ってきたものや、決まり事がわかり、作庭家の意図や遊び心が見えてくると、近所を歩いていても、この家の石垣の青石はどこのものだろうとか、お隣の家の車庫前のあれが光悦垣かとか、小石を固めた雷おこしのような敷石部分も一種の延段かとか、このお寺の裏山斜面の植栽は本書の表紙にも使われた林昌寺の坂道の庭そっくりだとか、いろいろ見えてきて楽しくなる。都内ですらなかなか行けないので、「垂直」の庭がある丸の内オアゾやGINZA SIXの屋上庭園もまだ拝見していないのだが、似たような「垂直」の庭なら根津美術館に行く途中でも見たし、そもそも近所の駅の入り口や、地下通路にすらある。何気ない意匠や工夫に込められた意図がわかり、それもまた古来脈々と受け継がれてきた文化の一端なのだと思えば、凡庸に見えた日常の光景が違う目で眺められるようになる。
伝統の様式を安易に踏襲することには、著者は批判的だ。傑出した作庭家には斬新な創意工夫が見られ、そこから新たな伝統が生まれてきたことも本書は伝える。表面的な様式にこだわるのではなく、根底に流れる精神や哲学ということだろうか。幾何学的な形状だけでなく、自然素材でないものを庭の景物として採用した事例や、極端な例では豊島の横尾忠則の原色の庭などにも本書は紹介する。個人的には那須にあるアートビオトープ那須の「水庭」に心を惹かれたが、ここは維持管理費の問題か何かでいったん閉鎖され、いまは「無垢の音」として一部改修して公開されているようだ。まるでナルニア国の『魔術師のおい』に出てくる「世界と世界の間の林」が目の前に広がったような光景だが、かつてそこにあった水田の取水口の仕組みを利用したものという。庭園の多くは、水という最大の資源の管理のわざを見せているのだと思う。
明治維新後、接収された武家屋敷の敷地が解体され、桑畑や茶畑となったという一文は、訳しながら複雑な心境になった。生糸と茶は、開国した日本が世界に売ることのできた二大品目であり、こうした動きは桑茶政策と呼ばれる。広大な大名庭園の維持管理は、それだけの財政基盤がなければできない。明治期に土地利用がどう変わったかは長年の私の関心事の一つでもある。
本書に寄稿する禅僧の作庭家、枡野俊明氏は、心に庭をもつように、小さくてもいいから自分の庭をつくりなさいと助言していることで知られる。うちのアパートの草ぼうぼうの庭を何とかするだけの気力はなかったので、昔バードバスに使っていた大きな鉢皿にミニチュア苔庭をつくることにした。道端や庭のコケなどを集め、そこにあちこちで拾った石を少し置いただけのものだ。東福寺の重森三玲の市松模様の庭を真似て、山で孫が拾ってくれた四角い平らな石も並べてみた。『鬼滅の刃』の炭治郎だ!などとも言われているようだが、幾何学的な四角い石と苔の配置は西洋的なモダンさを感じさせながら、不規則であるために動きがあり、どこかエッシャーの「昼と夜」をも思わせる不思議な魅力がある。古い茶筅を引っ張りだしてきてお茶を点てて、ミニチュア「苔庭」の前でしばし無心のひとときを過ごし、眠気もなくなったところでまた仕事に戻ったりもしてみた。
植物が大好きな孫はこの苔庭が好きで、うちにくるたびに真っ先に寄って霧吹きでシュッシュッと水やりをしてくれているのだが、コケは暑さにも日差しにも弱く、どんどん勢いがなくなった。じつは本書の仕事は昨年末には終わっていたのだが、発売が今月下旬となったため、次に取り組んだ『回転の科学』のほうが先に刊行されることになった。苦手な物理に頭を悩ましているあいだに、うちの「苔庭」では下に敷いたテラリウム最適用土なるものに入っていたと思われる胞子から、いつのまにか前葉体が出現し、シダが生えてきた。画像検索からすると、ヒメカナワラビとイノモトソウかその近縁種だろうか。まだ胞子はできていないので、取り敢えずこのまま様子を見るつもりだが、「苔庭」ならぬ「羊歯庭」があまりにもジャングルになったら庭に移すつもりだ。
画像ではよくわからないだろうが、本書は手に取るとずっしりと重い。コーヒーテーブルも、見栄えのする本棚もないわが家では置き場に困るほどだ。それでも、くつろぎのひとときにパラパラとめくっていただければ、次の休暇に訪ねてみたくなる場所がいくらでも見つかることを請け合おう。退職して悠々自適の身となられた方であれば、ぜひお手元に一冊置いていただきたい。本年になって出版業界を取り巻く事情は厳しさを増しているという。紙代、インク代、運送費、いずれもが値上げとなるなか、こんな豪華本を刊行してもらえたことを感謝している。
『現代日本の庭園100年』(スティーヴン・マンスフィールド著、河出書房新社)













