2006年1月30日月曜日

湯島天神の鷽替え

 一月二十五日の初天神の日に、湯島天神の鷽替えに行ってきた。今年は娘をはじめ、まわりに受験生がたくさんいるので、合格祈願を兼ねてだった。二年前、亀戸天神の鷽替えに行ったときは、かなり待たされた記憶があったので、少し早めにでかけたら、平日のせいか境内はがらんとしていた。湯島の木鷽は、天然木の小枝を利用した素朴な彫り物だ。  

 予定よりかなり早く湯島天神の用事が終わり、次の予定まで時間が空いたので、久々にアメ横に寄ってみた。10年ぶりくらいに見るアメ横は、なんだか小ぎれいになり、狭くなったような気がした。バンコクのチャトゥーチャック市場のような強烈な場所に慣れてしまったからだろうか。昔はアメ横に来ると怪しげな小物を並べているお店に寄るのが楽しかったが、今回は気づくと食品店ばかりのぞいていた。おばさん化したのは間違いない。 

 もちろん、理由はちゃんとある。緑豆を探していたのだ。ご存じだろうか? 春雨の原料となり、日本ではもっぱらモヤシに使われている小さい緑色の豆だ。本のなかでこのムング・ダールを使った料理が何度かでてきて、どうしても実物を手に入れたくて仕方なかったのだ。ネットで捜せば、販売しているところは見つかるけれども、たかだか数百円の豆を買うのに、それ以上に送料がかかるのはばからしい。御徒町なら売っていると言われたのを思いだして乾物専門の店を何軒かのぞいたら、1キロ300円で売っていた。ずっと持って歩いたら重いな、と思いつつ、ほかにもサンザシの実やトッポッキなど、一度食べてみたいと思っていたものを買い込んでしまった。  

 翻訳の仕事をしていると、見たことも聞いたこともないものによくぶつかる。いまはネットで検索すれば、たいていのものは色や形状までわかるが、功能や由来を読んでいるうちに、やたら想像力を刺激されて、私はどうしてもそれを食べてみたくてたまらなくなる。最近も、ニシンの干物について読んだあと、食べ方もよく知らないのに身欠きニシンを一箱買い、何日もつづけて食べるはめになった。おかげで、ニシンばかり食べつづけた昔の人の境遇に、少しは思いを馳せることができたが。いま頭を悩ませているのは、ハンバーガーにエキストラ・チーズというトッピング付きのピザだ。少なくとも、文面からはそうとしか読みとれない。宅配ピザは頼まないし、ピザ屋もめったに行かないので、私がこの奇妙なピザを知らないだけだろうか? それともこれはアメリカにしかない特別なピザ? このピザは想像するだけで胃がひっくり返りそうなので、試さないことにしたが、同じ本にでてきたピーチ・コブラーというデザートは、クリームを少なめにして、いつか挑戦してみようと思う。 

 戦利品を手に意気揚々と帰宅した私は、木鷽とドライフルーツで気の毒な受験生を励ましてやった。湯島の木鷽はなかなかすてきなので、みなさんにお見せできないのは残念……と思っていたら、学年末試験に備えてここ数日、積分と行列の問題に苦しんでいた娘が、ほとほと嫌気が差したのか、いつのまにか木鷽のスケッチを描いていたので、それに色付けしてもらうことにした。絵を描いているときだけは、文句や悪態が聞えないので、こっちもホッとする。ようやく手に入れた緑豆のほうは、物理的にも精神的にもゆとりがなくて、そのまま放置されている。

 イラスト: 東郷なりさ