2002年4月28日日曜日

渡り鳥

 日本に帰ってきて一カ月。初めのうちこそ違和感があったが、いまでは一年間いなかったことが嘘のように、あっちの店やこっちの家に自転車をこいで行っている。向こうで食べられなかった日本の味も堪能した。タケノコ、サツマイモ、ミョウガ、イチゴ、和菓子など、タイにあっても味が異なっていたり高かったりしたものが店先に並んでいるとうれしくなる。魚も日本のほうが絶対においしい。  

 それでも、ときおり鞄のポケットからバンコクの船やバスの切符が出てきたりすると、妙な戸惑いを覚える。ナムプラーやマナオ(ライム)がないと、味が決まらないな、と思っている自分に驚いたりもする。タイ米を炊くあのにおいもときどき無性に嗅ぎたくなる。

 がっかりしたのはプール。児童遊園地という広い緑地のなかにあるし、半額券を使えば200円+ロッカー代50円なので悪くないのだが、いつ行っても混んでいるのだ。しかも、みんながむしゃらに泳ぐので、波は立つわ、前の人にぶつかるわ、後ろから迫ってくるわで、なんだか首都高を走っているみたいだ。先日など、水中エアロビクスの教室と重なってしまったからたまらない。肉付きのいいおばさんたちが、インストラクターの黄色い声に合わせて水中で四股を踏むから、浅いプールは洗濯機のように渦を巻いてしまう。  

 帰国後しばらくは、あまりの忙しさに鳥を見に行くどころではなかったが、娘はめでたく日本野鳥の会に入り、暇さえあれば友達と探鳥会に参加したり、近所の公園や川を歩きまわったりしている。このあいだも探鳥会から帰ってくるなりこう言った。「『中3なのに偉いわねえ』って言われたよ。どういう意味だろう?」リスニングの勉強と称して、図書館で借りてきた『日本野鳥大鑑420』の鳥の声のCDを聞いているのだから、どうしようもない。  

 それでも春のうちに一度はバードウォッチングに行こうと思って、昨日、逗子の二子山に行ってきた。逗子駅からバスで5分のところにある里山だが、空にはトビが10羽くらい旋廻してピーヒョロロと鳴いているようなのどかな場所だ。  

 日本の鳥はまだ鳴き声も居そうな場所もよくわからないので、なかなか見つけられない。それに、ウグイスがやたらに鳴くので、ほかの鳥の声が聞こえない。新緑のなかを一日中歩きまわり、ようやくエナガやヤマガラ、ホオジロなどを見た。まあ、よかったことにするかと帰りかけたところで、なんと、オオルリを見つけたのだ! 白い胸当てに、深い青色の羽根。間違いない。ウグイスほどの艶はないが、じつに澄んだいい声だ。最後にジジジと付け足してしまうところがおかしい。よく見ると、そばに同じくらいの大きさの茶色の鳥もいる。きっとメスだ。  

 オオルリはタイでも一度だけ見たことがある。日本では夏鳥で、南の国から飛んでくるという。今回見たこの鳥が、バンコクのアパートのそばの林で見たあのオオルリである可能性もあるのだ。こんな小さい鳥が本当に海を渡ってくるのだろうか。いや、オオルリだけではない。いまあちこちを飛びまわっているツバメだって、はるばるタイから来たのかもしれない。ジェット機で5、6時間ただ座っていたって疲れるのに、自分の羽根で飛んでくるなんて信じられない。「小鳥なのに偉いわねえ」と言ったら、鳥もきょとんとするだろうか。