2009年5月31日日曜日

マスク考

 5月下旬の週末、東京港野鳥公園で開催された東京バードフェスティバルにでかけた。昨年の我孫子に引きつづき、バードウォッチングツアー専門の旅行会社ワイバードのブースを間借りしてブックカバーや巾着を売るためだ。平和島駅からバスという安い交通手段があるのを知らず、初日は京急で羽田空港方面まで行き、高いモノレールに乗った。  

 私は日ごろあまり出歩かないので、車内を見回して仰天した。羽田空港近辺という特殊な場所のせいか、乗客のほとんどがマスクをしており、近寄るなと言わんばかりの顔をしていたのだ。マスクのような素敵とは言いがたい代物でも、着用者が多数になれば、つけていない少数派のほうが居心地悪くなるから不思議だ。  

 こういう場面に遭遇すると、私はつい学生時代に授業で読んだイオネスコーの『犀』を思いだしてしまう。人びとが徐々に全体主義に洗脳されていく様子を、犀への変身にたとえた短編だ。最初は街に突然現われた犀に戸惑っていた人びとが、次々に犀に変身し始め、やがて主人公の恋人も犀になり、最後には主人公の身体もメリメリと犀に変わりだす。  

 不思議なことに、バードフェスティバルの会場に行ってみると、同じ日なのにマスク姿はほとんど見かけなかった。そこが戸外の広い公園だからなのか、あるいは新型インフルエンザ流行中でも構わずイベントにくる人しかいないためなのか。このマスク騒ぎで、某マスク・メーカーは商売大繁盛なのだそうだ。それを聞いたうちの娘はすかさず、「マスクに鳥のステンシルをして売ればよかった!」とつぶやいた。  

 私は通常、インフルエンザに罹って寝込むようなことにはまずならない。そもそもここ数年間、歯医者以外に病院にお世話になっていない。家にこもってばかりで人と接していないからだという説と、友人に助言に従って手洗い、うがいを励行しているおかげという説があるが、ふだんから身体を冷やさないよう心がけているのも役立っているに違いないと私はひそかに自負している。もともと平熱が低く冷えやすい性質なので、できる限りニンニクやショウガや唐辛子を食べ、冷たい飲物はなるべくとらないよう気をつけてきたし、少しでも寒ければ、すぐに着込むようにもしている。  

 もちろん、ときには喉が痛くなったり悪寒がしたりすることはある。そういうときは、たとえ真夏でもあれこれ着込み、必要ならホカロンも使って汗をかくまで体温を上げる。熱が上がりきるまではとにかく身体を温め、汗がでてきたら、発汗しやすい膝の裏や脇の下を拭いてどんどん熱を冷ます。それに市販の風邪薬をちょっと飲む程度で、たいてい翌日にはけろりと治っている。新型インフルエンザにもこの手が通用するかどうかは知らない。でも、ウイルスはどんなに防いでも入ってくるだろうから、ふだんから体温をうまくコントロールして抵抗力をつけておくほうが、マスクや防護服を買い込むより賢明ではないかと、私は思っている。  

 ところで、肝心のバードフェスティバルほうだが、天候も思わしくなく、来場者もまばらだったわりには、娘のステンシル版ブックカバーは好調な売れ行きで、私のビーズ鳥は苦戦していた。それでも、店番をしながらのおしゃべりは楽しかったし、ブルーベリーを2株も無料でもらえたのはラッキーだった。たわわに実ったら、老眼防止にせっせと食べようと楽しみにしているが、うちではヒヨドリの餌になって終わるかもしれない。

 もらってきたブルーベリーの苗木

 ついでに、庭に生えてきた ナワシロイチゴ

 いまはドクダミが花盛り

2009年5月2日土曜日

娘の初個展@根津

 根津のカフェ・コパンで展示はいかが、なりさちゃんのイラスト展はどうでしょう、という誘惑的なメールを一月末に野中邦子さんからいただいたとき、最初はどうしようかと親子で迷った。展覧会にだした作品はいくつかあるし、スケッチブックのなかに眠ったままの絵ならいくらでもあるけれど、はたしてカフェの壁に飾れるだけの作品が揃うだろうか? 地元でもない根津まで、わざわざ見にきてくださる人がいるだろうか? ただでさえ多忙な娘に、こんな一大プロジェクトをやりとげるだけの時間がとれるだろうか?  

 あれこれ悩んだ末に、結局はいつもの楽観主義が勝った。何かをやって後悔するほうが、やらなかったことを後悔するよりはいい。たとえ失敗に終っても、失敗という経験はできるのだから。どうせ短い人生、なんでもやってみなければ損。誰だって最初はうまく行かないものだ! 

 というわけで、先月のコウモリ通信で宣伝させていただいたとおり、娘の初めてのミニ個展、「クイナ通り展」を敢行した。娘は展覧会のために土壇場まで新たな作品を描き、私は展示費用を賄うための販売グッズとして、いつものビーズ鳥と、娘が新たに始めたステンシル版のブックカバー、娘の絵のポストカードなどを仕事の合間に必死で制作した。  

 そんな急ごしらえの催しだったが、ありがたいことに、日ごろ娘の活動を見守ってくださるさまざまな人たちが根津まで訪ねてきてくれ、こぢんまりした店内はまさしくカフェ・コパン(仲間)という雰囲気になった。遠路はるばるいらした方や、大雨や強風のなかを家族連れできてくださった人たち、二度も来店していただいた方、メーリングリストやホームページで宣伝してくださった方など、実に多くの人たちの温かいお心遣いをいただき、おかげで無事に二週間の展示を終えることができた。販売グッズも思いがけずたくさん売れ、娘の絵もめでたく数点買っていただき、大きな励みとなった。みなさま、本当にありがとうございました。 

 実は、今回の宣伝はがきを店内に置いてくださったバードウォッチングの専門店ホビーズワールドで、これを機に娘のステンシル・デザインのブックカバーを売っていただけることになったという、うれしいおまけもついた。家に一人残されて、四六時中PCの前に座りっぱなしの、黒子的な翻訳の仕事に疲れ、自分を見失いかけていた数年前に、気晴らしに始めた私のささやかな副業が、いまこうして少しずつ実り始めたのだ。 

 それにしても、ビーズ鳥で自分を表現するはずだったのが、いつの間にか私は娘がデザインしたものを、原始的なやり方で量産する摺り師兼お針子になっているような気がしないでもない。そのせいで腱鞘炎にもなりかけている。副業のために、ますます時間もなくなり、自分で自分の首を絞めているような、悪い予感もする。 

 やはりブッシュマンの生き方のほうが賢いのだろうか? 水のないカラハリ砂漠で生きるブッシュマンの生き残り戦略は、無駄なエネルギーを使わず、ひたすら日陰でじっとして水分が失われないようにすることだそうだ。まあ、ここはカラハリ砂漠ではないから、当面は創業の苦しみを味わっているのだと信じることにしよう。私のささやかな抵抗のしるしに、娘のデザインのカバーにも、ビーズ鳥のチャームをしおりの先につけている。

クイナ通り展


 根津神社のつつじ

 近所の駄菓子屋
 
 娘デザインのブックカバー