山登りをする人はえてしてストイックだ。苦しくても黙々と歩き、喉が乾いても我慢し、無駄なおしゃべりはせず、ひたすら目的地を目指す。朝は3時ごろから起きだし、夜明け前にはテントをたたんで出発する。昼過ぎにはキャンプ地に着き、夜の7時ごろにはもう寝る支度がととのっている。午後になって天気が崩れても、これなら大丈夫だ。夕方遅く、ずぶ濡れになってやってくるばかな連中を見て、彼らはほくそえんでいるのだろう。日暮れあとの山道を歩くのはたしかに心細い。道に迷ったときは、岩を見てもクマではないかと不安になる。大雨で道が川のようになれば、泣きたくなる。
でも、あとから思えば、そうしたハプニングもみないい思い出だ。わざわざ危険な目に遭う必要はもちろんないが、山で出会うあらゆることを楽しむ、そんな方法もあるのではないだろうか。わが家の今年の山歩きでは、ずぶ濡れ体験と迷子をだすという珍事があった。それでも、のんびりしたおかげで鳥はまあまあ見ることができ、ルリビタキやメボソムシクイなどの常連のほか、ゴジュウカラ、ウソも見られた。来年の一月は、亀戸天神の鷽替に行ってみよう。悪いことが嘘になるかもしれない。真夜中に起きだして、満天の星空も眺めた。天の川や流星を見たことのない甥や姪は、寒さも忘れて見入っていた。
しかし、なんといっても極めつけはオコジョだった。動くものにはすぐ反応する娘が「ネズミがいる!」と見つけ、私は「トカゲじゃない?」などと言い、全員でそちらの方向を見ていたら、なんと奇妙な小動物が出てきた。20センチほどしかない。「もしかしてオコジョ?」と娘が言いだした。オコジョって、こんなに小さいの? だってアーミン・コートってオコジョの毛皮でしょ? 顔を出したところに大勢の人間がいて、当のオコジョはびっくりしたにちがいない。どこかへ行ってしまったかと思ったら、またしばらくしてそばに寄ってきた。こちらがじっとしていると、近づいてくる。そこをすかさずパチリと撮った。ちょっとピンぼけだけれど、尻尾の黒いところまでちゃんと写っていたのはうれしかった。
せっかくの機会だからと思い、アーミン・コートについてちょっと調べてみた。昔の王様がはおっている白地に黒い斑点のある毛皮のマントが、アーミン、つまりオコジョだ。昔は白い毛皮はアーミンだけだったのでたいへん珍重されたらしい。いまではホワイトミンクがあるので一般には使われないが、イギリスの戴冠式にはアーミンのガウンを着用するそうだ。毛皮にするのは白い冬毛のもので、私が見たのはもちろん夏毛だ。黒い斑点は、冬でも黒く残る尻尾の先の毛だったのだ。図鑑によると、ホンドオコジョは体長14~20センチ、エゾオコジョは23センチとある。シベリアあたりにいるアーミンは体長が24~29センチ、尻尾が8~12センチとやや大きめだが、それにしても、これで毛皮のマントをつくるには、いったい何匹のオコジョを殺さなければならなかったのか。『ロンドン』に出てくるフロスガー・バーニクルがアーミンの白い毛皮で「縁どられた」マントを着ていたのもこれで納得だ。山に行ってひとつ利口になった気がしてうれしかった(この時点では誤解していたが、英語のlinedは裏打ちなので、やはり多数のアーミンの毛皮をつぎはぎしてそれを裏側とし、表側からは縁取りのように返した部分だけが覗いていたと思われる。2020年に加筆)。
オコジョ