2011年8月31日水曜日

モビール

 おそらく狭い家で生まれ育ったせいだろう。私は子供のころから天井を眺めるのが好きだった。ものがあふれる床の上とは異なり、天井にはわくわくするほどスペースがある。小さいころはよく、『長くつ下のピッピ』みたいに接着剤を足裏に塗って天井を歩けたら、と夢見ていた。そのせいか、天井に近い空間をゆらゆらと不規則に揺れ動くモビールについ心をそそられる。  

 ここ一ヵ月ほど暑くて散歩もままならず、あきらめて仕事に専念しようとパソコンに向かってみたものの、なかなか集中できない。秋のお祭り用に何か新商品をつくらなければ、などとぼんやり考えているうちに名案が浮かんだ。ペーパークラフトで鳥のモビールをつくるのだ。これまでに何度か精巧な鳥の紙模型はつくったことがあったし、翼の動くスキハシコウの玩具を真似て工作してみたこともあった。数年前、「こまたん」から娘が実物大に近いアオバトのモビールの絵を描かせていただいたこともある。  

 でも、私が考えたのはそんな難しいものではない。鳥のかたちは複雑そうだけれど、飛んでいるときは魚のような流線型の体に、翼が二枚ついているようにしか見えない。サギのような足の長い鳥は別にして、たいていの鳥は足も見えないし、体だって正面からは小さい丸にしか見えない。ならば、胴体は紙二枚分の厚みしかない薄っぺらでもいいかもしれない。翼と尾羽を開けば、それなりに立体的に見える。あいだに糸を挟むだけで重心がとれるだろうか。試してみたら、ほんのわずか後ろにすると鳥はまっさかさまに落ちそうになり、少し前にずらすと昇天しそうになる。ところが、中心当たりで両翼を開くと不思議に安定するのだ。翼をさらに下げたり、少し上向きにひねったりすると、いまにも飛びそうだ。ツバメ、コアジサシ、カワウ、サシバなど、いろいろな鳥の試作品をつくってみたが、まずはかたちも単純なアオバトをつくることにした。大磯の海の上を、朝日を浴びながら群れをなして旋回する姿をモビールで再現しよう。  

 飛んでいる鳥が肉眼で見える程度のラフな模様を娘に水彩で描いてもらったものを、A4の用紙1枚に収まるように5羽分並べ、裏表がぴったりの位置になるように失敗を重ねながら調整した。これならたった1枚の紙から、オス3羽、メス2羽の小さいアオバトがつくれる。贅沢な材料と時間と手間をたっぷりかけた工芸品は、誰もが手に入れられるものではない。子供でもお小遣いで用紙が買えて、30分もあれば家にある材料で、自分で設計するモビールがつくれたら、楽しいではないか! この工作を機に、バランスや空間造形の面白さに目覚める人や、本物のアオバトを見に行こうと思う人がいるかもしれない。針金ならつけても軽いし薄いので、糸が絡まないようにうまくたためば、定形郵便で遠方の友達に送ってあげることもできる。もちろん、針金の代わりに小枝を使ってもいいし、一羽だけぶら下げても、ただ押しピンで壁につけてもいい。  

 マットコートの厚紙に印刷してもらったアオバトはきれいな色に仕上がった。私は調子に乗って10羽が舞うモビールをつくり、夜風に乗ってゆっくりと思いがけない方向に漂っている様子をほれぼれと眺めている。このお手軽工作シリーズは、ペーパー・バードと名づけることにした。「It’s only a paper bird, hanging over a baby cot……」。娘がすかさずメールで替え歌をつくってよこした。信じてくれれば、紙の鳥でも本物になる。