2006年6月30日金曜日

ジグミ皇太子

「ジグミ皇太子のニュースを見るのに夢中で……」。しばらく音沙汰のなかったタイの友人がこんなことを書いてきた。タイ国王の在位60周年記念行事に出席した各国の王族のなかでひときわ輝いていたのがこのブータンの皇太子で、タイの女性のあいだで大人気だとか。 王族なんてあまり関心はないけれど、友人はどんな男性が好みなんだろうと好奇心がわいて、早速いつものとおりインターネットで「ジグミ(メ)」「ブータン」と検索してみた。すぐさま着物のようなものを着て、にこやかに微笑む人物がでてきた。「4人の妻がいて全員姉妹……」。えっ、この人を?と思ってよく見たら、これはお父さんのジグミ国王で、私の友人が惚れこんでいるのは、息子のジグミ王子のほうだった。オックスフォード卒の26歳。礼儀正しく謙虚かつ気さくな人柄で、なんと言ってもハンサム、と彼女はベタ褒めだ。  

 いくつかの写真を見くらべながら、私は考え込んでしまった。この顔どこかで見たことがある。確かにハンサムだけれど、白い歯を見せて笑っている姿なんて、ひと昔前によくいた、いかにも正義の味方風の面長の俳優や歌舞伎役者みたいだ。丹前のようなものを着ているところも不思議だ。ブータン人って、こんな顔をしているんだろうか。  

 ブータンという国があることは、子供のころからよく知っていた。なにしろ、国名がかわいいし、しかも、その首都がティンプーときている。『ヒマラヤの孤児マヤ』のネパールの隣でもあり、地名探しゲームにもよく出題されていた。でも、ブータンにどんな人が住んでいるかなど、恥ずかしながらいままでまったく知らなかった。  

 ブータンはチベットやインドの巨大な文化圏のはざまで、長年、外国人の立入を厳しく制限して伝統文化を保持している国で、GNPならぬGNH(国民総幸福)の追求を目標にしており、いまひそかに注目されているらしい。国民は、インドのアッサム地方から北上した一派と、北から南下したチベット系民族で構成されており、ブータンを訪れた日本人の多くが、この国の人びとに不思議な親近感を覚えるようだ。 日本とブータンのつながりはまだ明確にはわからないようだが、朝鮮半島経由で日本に渡った人びとと、どこかでつながっているにちがいない。DNAを調べて分析したら、おもしろい結果がでそうだが、自然人類学はとかく人種や民族の優劣を取りざたする厄介な問題につながりやすいし、いまは個人情報という点でも難しいのだろう。  

 日本人は古来より日本列島に住み、独自の文化を築いた民族だとよく言われるが、「古来」というのは、実はたかだか奈良時代あたりらしい。このころ同じ日本列島の住民という意識が芽生え、『日本書紀』という歴史を古代にさかのぼって書き、日本語をつくり、国民形成がおこなわれたのだ。それ以降の世代にとっては、その歴史が事実になった。  

 もちろん、言語、宗教、食べ物など、長年、同じ文化を共有することで民族はかたちづくられるのだから、たとえDNA上の共通点があっても、まるで違った人間ができあがるだろう。でも、ブータン人にこれほど親近感を覚える人が多いということは、数百年、数千年程度の歳月では変わらない、血によるつながりがあるはずだ。  

 ともあれ、ジグミ皇太子のおかげでまた少し関心が広がった。短期間のタイ滞在で、これだけブータンに外国人の関心を集めることに成功したのだから、あっぱれと言うべきか。