2005年9月30日金曜日

キアゲハの幼虫を飼う

 忙しさにかまけて庭のパセリを放っておいたら、いつの間にかとうが立ち、キアゲハの幼虫がたかっていた。黄緑色の体に黒の縞とオレンジ色の斑点がついた、なんとも奇妙な生き物だ。数日もすると、パセリはほとんど茎だけになってしまった。「飼ってみたら」という、娘の友人の虫博士のひと言に触発され、とりあえず大きめのを3匹、梅酒用の広口の瓶に入れて飼うことにした。それがこの夏のイモムシ騒動の始まりだった。 

 虫を飼うなんて、私が幼稚園のころ以来のことだ。捕まえて虫かごに入れた虫は、いつも餌と糞できたならしくなって、そのうちに死んでしまい、あまりいい思い出はない。飼うと決めたからには、きちんと餌をやって、こまめに掃除をすることにしよう。キアゲハの幼虫の食草を調べてみると、セリ科の植物らしい。ついぞ知らなかったが、パセリもセリ科だった。そう言えば、そばにあったキクの葉はまったく食べた形跡がない。あんなイモムシに、どうしてこれはセリ科で、こっちはキク科なんて見分けられるのだろう? 虫の餌を買うなんて、と思いつつ、近所のスーパーでパセリを買ってきて与えた。 

 青々としたパセリをたっぷり食べた幼虫は、しばらくするとやたらと暴れだし、その後、じっと動かなくなり、しなびて色艶が悪くなった。やっぱりだめか……。あきらめたころにふと見ると、なんと、縞模様がなくなって緑色の蛹になっていた! 縞はどこへ消えたんだろう? そこで、2匹目は監視体制を強化して、蛹化の様子をじっくり観察することにした。動かなくなったイモムシ――前蛹というらしい――をよく見ると、細い糸一本を体に回してぶら下がっていた。大きく痙攣したあと、背中が割れて、なかからまるで違うものが現われるところは、SF映画そのもの。縞模様がストッキングのようにするすると脱げ、ポトンと下に落ちたときは唖然とした。変身にかかる時間は、ものの5分くらいだ。  

 ところが、ショッキングな事件が起きた。スーパーのパセリを食べつづけた小さい幼虫が、次々に死んでいったのだ。結局、蝶になれたのは1匹だけで、羽化寸前までいった蛹も、なかで完全に蝶の姿になっていたのに、翅を広げて飛び立てなかった。パセリの農薬のせいだと断定はできないけれど、パセリ、シソ、セロリなどが、残留農薬の多い野菜のトップだと、あとから知った。初めて飼った虫たちの哀れな最期に娘はかなり参っていた。 

 そんなある日、ふと庭のパセリを見たら、伸びてきた葉にまたもやキアゲハの幼虫が……。育てる勇気のなくなった娘は、庭のパセリがなくなったら、餓死させるしかないよ、とあきらめ顔だった。ところが、件の虫博士と養子縁組の話をつけてきたらしく、4匹ほど引き取ってもらえることになった。いよいよわが家のパセリが丸坊主になり、残されたイモムシたちの運命がつきる日、私は駅の向こうの生協まで走った。パセリには懲りていたので、同じセリ科の三つ葉、セリ、明日葉などを買ってきて、念入りに水洗いすることにした。生協の野菜を食べて丸々太った幼虫たちは、無事にみな蛹化した。これだけ何匹もイモムシの世話をすると、私もちょっとしたお産婆さん気分だ。やたら動きだしたら、そろそろ前蛹になる。みずみずしい黄緑色からしなびた薄緑になったら、蛹化が近い、といった具合だ。秋の気配を察したのか、蛹はみなミイラのような姿で長い眠りについている。来年の春、めでたく蝶になれば、死んでしまったイモムシたちにも顔向けできるだろうか。