2003年11月29日土曜日

子供のころの願望

 わが家の窓辺には4つのミニチュア人形が並んでいる。ハートの女王をはじめとする『不思議の国のアリス』の登場人物と、ムーミンのヘムレンさんだ。じつはこれ、いま何かと話題の食玩で、近所の大学生のお姉さんからいただいたものだ。コレクターの彼女は、全種類集まるまで「大人買い」しているので、複数集まってしまった人形を娘に分けてくれたらしい。ヘムレンさんの虫眼鏡には本物のレンズが入っているし、ハートの女王は歯まで一本一本あり、お菓子のおまけとは思えない精巧なものだ。  

 初めに彼女の話を聞いたときは、大学生になってもまだおまけに夢中になるなんて随分変わった人だと思った。ところが、それ以来、新聞などの関連記事を注意して読んでみると、実際にはいちばん夢中になっている年齢層は30代くらいだという。食玩ブームに関する記事にはかならず、子供のころにかなわなかった夢を大人になってかなえているのだ、と分析されている。  

 そう言われてみると、私にも思い当たるものがある。ガチャポンには興味がなかったので、幸いこのブームに乗せられることはないが、子供のころルーマ・ゴッデンの『人形の家』という本を読み、その見返しに描かれていたドールハウスに惚れ込んだのだ。もちろん、そんなものは買ってもらえないどころか、見たこともなかったが、自分に娘ができると、「娘のために」という口実でその絵とそっくりなドールハウスを半年もかけてつくったのだ。娘は喜んで遊んでくれたが、人形の家をもらえなかった私が抱いたような強い思い入れをもつことはついになかった。  

 子供のころ得られなかったものは、不完全燃焼したまま心のなかにいつまでも残る。バレエを習いたかった、キャンプに行きたかったなど、果たせなかった夢は誰でも一つや二つはもっているだろう。人はみな何らかのコンプレックスを抱いて大人になるのだ。すべての面において満足した人間なんているわけがない。そのコンプレックスを一つずつ解消していくことが、じつは大人になることなのかもしれない。  

 それがお菓子のおまけのように、大人になって多少のお金があれば簡単に手に入るものであれば幸せだ。思う存分買いあさったら、いつか心が満たされるだろう。水泳やピアノなら、大人になってから習いに行けばいい。あるいは自分の子供にかわりに習わせる人もいるだろう。容姿は努力とお金しだいでかなり改善できる。貧乏暮らしに苦しんだなら、とにかく金持ちになることを目指せばいい。努力すればそれなりの成果が得られることを学べば、その満足感が自信へとつながる。そうすることによって、望んでいたものが完全に手に入らなくても、コンプレックスからは開放される。  

 ただし、子供のころに欲しかったものが親の愛情であれば、そう簡単には解消されない。親の愛情はすべての基礎であり、親から否定された人は、往々にして自分は価値のない人間なのだと思い込む。それが精神の病や非行の原因となる。いつか努力すれば手に入るものは、無理に子供に与える必要はない。むしろ、少しくらいかなわない夢があるほうが、将来へのエネルギーになる。でも、愛情だけはたっぷり注いでやらなければならない。  

 怒鳴り声が聞こえてきそうなハートの女王を見ながら、ふとそんなことを考えた。

 ハートの女王(写真は2020年11月に追加)