2007年8月31日金曜日

八ヶ岳旅行

 数年前、タイの鳥のツアーで知り合って以来、何度もお世話になっていた鳥仲間が、八月上旬に日本に遊びにきてくれた。そこで、迫りつつある締め切りを尻目に、なんとか三日間だけ都合をつけることにした。八月の暑いさなかに鳥を見られる手軽な場所も思いつかず、綿密な計画を立てる暇もなく、結局、五年前にコマドリやルリビタキをよく見た北八ヶ岳の双子池に行くことにした。  

 ちょうど台風が日本列島を通過中だったうえに、準備不足、運動不足、睡眠不足と、かなりの悪条件が重なっていた。早朝、友人たちを迎えにいくのと、列車の席取りを娘と手分けしたために、のっけから双方でおにぎりを大量に購入するというハプニングが発生。どんよりした雲からはときおり雨がぱらつく。ピラタスロープウェイに乗れば、あとは確か下りと平坦な道だけのお気楽コースと記憶していたのに、友人たちは最初の下りですでに参っていた。タイ人は概して歩かないし、まして足場の悪い山歩きは苦手だ。風もかなり強く、鳥は声はすれど姿は見えず状態だ。道中、荷物を軽くしようと、数時間ごとにおにぎりを配給したので、友人たちもしまいに外側のフィルムを手際よく①→②→③とはがせるまでに熟練した。 

 以前にきたときも、このコースはほとんど登山客がいなかったが、今回はそれにも増して少ない。「あっ、前方に人間発見。♂は青と黒。♀は黄色とグレー」などと、怪しげなタイリッシュ(タイ語+英語)で冗談を言い合いながら雨池経由で双子池に向かった。  宿泊客は案の定、テントが一張りある以外は私たちだけ。前回と同様、やはり「お山の貸切り」状態だった。日本にわずか七日間しか滞在しないのに、双子池にくる人なんてまずいないよね、と自分で案内しておきながら苦笑する。そもそも八ヶ岳だって外国人にはあまり有名ではないし、第一、ヤツガタケなんて舌を噛みそうで彼らには発音できない。  

 前回はテント泊まりだったので気づかなかったが、小屋のなかに双子池の伝説なるものが貼ってあった。豪農の息子、与七郎と作男の娘、お染が身分違いということで結婚を許されず、将来を悲観した与七郎が、雨乞いのための人身御供代わりに、お染の名を呼びながら双子池の雄池に身を投げた。それを知ったお染もあとを追ったが、間違って雌池に入水自殺してしまい、それ以来、一年に一度、双方の池は増水して一つになるという話だ。以前に近くの黒百合で猛烈な土砂降りに遭ったことがあるので、さもありなんという感じだが、小屋のおじさんによると、「伊勢湾台風のときはつながった」けれども、毎年つながるわけではないそうだ。それにしても、なんだか怨念みたいで恐ろしい。お染を連れて、どこかへ逃げればよかったのに、と思うのは、選択肢のある現代人だからか。 

 小屋のおじさんが近くの湧水から汲んでくる水を飲み、夜は持参したレトルトカレーを食べ、温かいシャワーを使わせてもらい、小屋の周囲にいつもいるコガラやヒガラ、ホシガラスを眺める。どれも特別な体験ではないけれど、それを一緒に楽しめる仲間がいるって本当にありがたい。友人たちは今回の滞在で、この八ヶ岳の旅がいちばんよかったよ、とあとからメールで書いてきてくれた。鳥を見に行って、鳥が見られなくても、それはそれで楽しかったと思えるのはすてきだ。「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」

 双子池雄池