2012年5月31日木曜日

イギリス旅行2012年

 この一年半近く、文字どおり年中無休で働き詰めだったので、校正の合間を縫って、一週間ほど娘のいるイギリスへ行ってきた。旅の目的の一つは、もちろん大英博物館に行くことだった。翻訳中にあれこれ調べ、想像力をかきたてられてきた所蔵品を自分の目で見てみたかったのだ。膨大なコレクションをすべて見て回る時間などなかったし、展示替えで見られなかった作品もあった。それでも、博物館の執念と修復技術によって蘇った「モールドの黄金のケープ」や、滑稽なほど浮かない顔をしたルイス島のチェスのクイーン、黒いファラオ像や柿右衛門の象など、私には馴染み深い作品を眺めるのは楽しかった。  

 中国の染付花瓶の章にでてきた、イギリス製「中国風」絵柄であるウィロー・パターンの磁器は、娘がお世話になっているお宅にも、ふらりと入ったパブの壁にも、テムズ川を下ってグリニッジまで見に行ったカティサーク号船内にもあった。グリニッジ天文台を通る本初子午線は、ここの時刻をクロノメーターで正確に刻むことで、航海中の船が自分のいる場所の南中時刻との差から経度を割りだした基準線だ。東経と西経にまたがるこの記念すべきラインは有料の中庭内にあるが、ありがたいことに天文台の下までラインが延びていて、貧乏人はそこで記念撮影できるように配慮されていた!  

 今回の旅のメインは湖水地方を回ることだった。親子二代にわたるアーサー・ランサム・ファンとしては、『ツバメ号とアマゾン号』シリーズの舞台を訪れないわけにはいかない。ここはビアトリクス・ポターのナショナル・トラスト発祥の地でもあり、ジョン・ラスキンやワーズワースのゆかりの地でもある。数日前で最低気温は零度に近い100年来の雨の多い寒い春だったらしいが、私が滞在した一週間は異様に暖かく、雲一つない晴天がつづいた。ウィンダミア湖をフェリーで渡ったあと、現地調達した陸地測量部発行のOS地図をもって、イングランドの低山や放牧地を越えながらコニストン湖まで歩いた。空から見たパッチワークそのもののイギリスの田園風景にも驚かされたが、実際に歩いてみると、どこまでもつづく天国のような光景にわが目を疑った。イギリスでは芝がどこにでも自生しているらしく、林床から牧草地までいたるところがゴルフ場のような鮮やかな緑で覆われている。しかも、羊や牛が草を食むので芝刈りも不要だ。木立のなかには青いツリガネスイセンやシダが咲き乱れ、野原では一面に咲いたキンポウゲやヒナギクが家畜の餌となる。  

 私たちが泊まったB&Bは、ツバメ号の子供たちが滞在したハリハウ農場のモデルとなったバック・グラウンド・ファームだ。どこへ行くにもパブリック・フットパスの表示がある木戸を抜けて、私有地である牧草地内の羊や牛のすぐ脇を、糞を踏まないように気をつけながら歩いて行ける。乳の張った牝牛もたくさん放牧されていたが、ミルクは仔牛のためらしい。日本の農業や土地利用からは考えられないこんなシステムがなぜうまく稼動するのかと、驚くばかりだった。  

 今回、私にしては珍しく北回りの直行便を利用したため、シベリア上空で無数の湖、雪原、海氷、大河が眺められ、スカンディナヴィア半島の雪山やフィヨルドや、北海の真っ只中の風力発電地帯まで見ることができた。上空から白夜を体験しながら、夏に雪が解けるかどうかで、すべてが変わることを改めて実感した。短い旅行だったけれど、娘の友人たちにも会うことができて、本当に充実した一週間を過ごすことができた。

 大英博物館

 ウィローパターン

 キンポウゲとヒナギクの野原
一面のブルーベル

 バンク・グラウンド・ファーム

 パブリック・フットパス