2001年7月30日月曜日

子供には旅をさせよう

 いま、とてもおもしろい本を読んでいる。世の中で成功した女性たち千名以上を分析したレポート、というものだ。そのなかで子供時代の体験で有意義だったと彼女たちが考えるものが挙げられている。最も多かった回答はコンクールやコンテストでの成功で、二番目は旅行だ。  

 たとえば、最近の教育者は子供たちになるべく競争をさせまいと努力するが、競争で勝てば自信がつくし、負けてもそれも潔く受け入れることで品性を養えるから、競争によって得られるものは実際には大きい、と著者は分析する。二番目の旅行については、家族旅行にキャンプ、親戚 の家への訪問、海外旅行、と形態は人によってさまざまだ。なかには、家族で各地の国立公園を訪ねてまわり、そこでのキャンプやハイキングから自然科学への関心が高まり、大人になって科学者として成功したという例もある。家族での旅行は、親にとってはたいへんな労力と出費になるが、それを通 じて子供たちの世界を広げ、環境から学ばせることができるのだから、苦労するだけのことはあるという。  

 たしかに旅行を通じて子供が得るものは大きい。私自身も子供時代を振り返ると、母の運転する車で旧碓氷峠を登って長野の祖父母の家に行ったことや、毎年正月に行っていた館山の旅館のことや、三家族で行ったヤマハの合歓の郷や、あちこちへのスキー旅行の思い出が鮮明に残っている。極めつけは、中学のときにイギリスにいる友達を訪ねて行った初めての海外旅行だ。横浜から船に乗ってナホトカまで行き、そこからシベリア鉄道と飛行機を乗り継いでモスクワに行き、さらに鉄道で東欧を抜けてオーストリアやスイスに寄り、最後はドーバー海峡を渡ってイギリスに行った。イギリスではレンタカーで憧れの湖水地方に行き、アーサー・ランサムの小説の舞台を訪ねた。  

 これらの旅行が私のその後の人生に及ぼした影響はかぎりない。大学三年のときには、二カ月間ヨーロッパ各地を超貧乏旅行してまわったし、卒業後は旅行会社に勤めるはめにまでなった。私の場合、残念ながら、それが世の中で成功することにはつながらなかったが、いまも旅行好きは変わらず、日常生活にうんざりすると、無性にどこかに行きたくなる。旅行に出ると、ふだんの自分なら絶対にやらないようなことでも平気でできるところが、魅力でもあり危険な点でもある。まさに旅の恥は掻き捨て、である。それによって、旅先の人に迷惑をかけるようなことは慎みたいが、狭い視野を広げるという意味では、思い切って違うことをしてみることが大切だと思う。  

 だから私は、大型バスに乗って観光名所巡りをするような旅行は好きにはなれない。隣のマンションにも薬の免税店のようなものがあり、中国本土や台湾の観光客が、連日バスで大勢乗りつけている。お客は欲しかった薬や化粧品が手に入り、旅行会社は手数料でもうかるのだから、いいじゃないか、と言えばそれまでだが、あれでは羊の群だなと思う。  

 一方、ものすごく勇気のある個人旅行者も見かける。先日も、大きなリュックを背負ったアメリカ人らしき女性が、バイク・タクシーの後ろにまたがっているのを目撃した! 市場でも怪しげな服を買ったり、正体不明の食べ物に挑戦している旅行者がときどきいる。おなかを壊さないかな、とちょっと心配にはなるが……。  

 娘が描いたこのイラストは、チャトゥチャックのウィークエンド・マーケット。ここでは衣類や雑貨から、ニワトリまでなんでも売っているが、アメ横を巨大にしたような感じで、同じ店をもう一度見つけるのはほとんど不可能だ。娘はここで食べたおいしいタイ風餡蜜の味が忘れられないらしい。

 イラスト:東郷なりさ