2010年7月31日土曜日

アラスカ旅行2010年

 ついに行ってきた、アラスカに。出発当日になっても、成田発のフライトが遅れたために乗り継げないなど、トラブルが相次ぎ、本当に実現するのだろうかと半信半疑だった。アンカレッジのホテルで待ち合わせたはずのホストファミリーが現われたのも、夜の九時過ぎだった。それでも、ホテルから歩いて向かいのレストランまで行き、アラスカのビールを飲みながらハリバット(オヒョウ、巨大なヒラメ)のフィッシュ&チップスを頬張るころには、気分は最高になっていた。なにしろ、外はまだ明るいのだ!   

 翌朝は世界有数の水上飛行機の発着場であるフッド湖とスピナード湖まで徒歩で行って、観光タクシーに乗るような気軽さで小型機に乗り込み、クック湾の対岸にあるスパー山付近の氷河の上を飛んだ。沼地が点在する緑豊かな平原ではムースやブラックベアが闊歩する姿が見えた。やがて、あたりは一面、氷の世界になった。氷河の末端では氷のかけらが一斉に流れだしている。夏の氷河の表面はまるで現代絵画のように亀裂が縦横に入り、ところどころにあるメルトポンドは、なかの氷河氷を映すからなのか、宝石のように青い。 

 スパイ映画さながらに、狭いU字谷の岸壁際を飛んだあと、ベルーガ湖という誰もいない湖に着水した。湖岸には人手で植えたかと思うほどきれいな夏の野草が、あちこちに咲いていた。北米にだけあるキバナチョウノスケソウは、3種類しかないチョウノスケソウ属の1つだ。白いほうのチョウノスケソウは、花粉化石が指標となっていることで知られる。 

 空から見たときはわからなかったが、のちに船でカレッジフィヨルドやグレイシャーベイの氷河へ近づいてみると、その海域だけ気温が急激に下がり、真冬になったかのようだった。夏のあいだに氷が消滅するのか、それとも解けずに残るのかという違いが、のちの気温や植生を大きく変えるということが実感できた。アンカレッジから日帰りで行かれるポーテージ氷河は、昔はプリンスウィリアム湾とクック湾を結ぶ陸路輸送(ポーテージ)に使われていたそうだ。20年ほど前にホストファーザーが訪れたときも、まだ氷河の上を簡単に歩けたらしいが、いまでは前面に氷河湖が大きく広がっていた。 

 プリンスウィリアム湾あたりから、エトピリカやウミガラスなどの海鳥が、パドリングするように海面すれすれを飛ぶ滑稽な姿が目につくようになった。海面にケルプが浮かんでいる海域で波間に目を凝らし、2つに見える黒い点があれば、それがラッコだ。陸地の影もない大海原に浮かんで、毛づくろいをしていた。点が1つならアザラシかトドだ。クジラやイルカは水面にでている時間が短いので、注意深く見ていないと見逃してしまう。  

 アラスカのスワードから、ジュノー、ケチカンなどに寄港しながらヴァンクーヴァーまで1週間のクルーズをするあいだ、私たちはチーク材張りのプロムナードデッキに陣取って、ひたすら海を眺めていた。運動代わりにデッキを歩いている人たちは、しまいに通るたびに「何か見たか」、「クジラはでたか」と娘に聞くようになっていた。  

 旅行は3回楽しめる、とよく言われる。行く前の準備段階と、旅行中、それに帰ってからの記録整理だ。ホストファミリーへのお礼を兼ねて、いま娘と共同でアラスカ旅行記を作成している。娘が旅行中に描いたスケッチや絵をベースに、私が短い文章を書き、ウェブ上で1冊からつくれる写真の本を利用して編集・印刷することにした。

 スパー山近くの氷河

 氷河の表面

 小さなメルトポンド

 キバナチョウノスケソウ

 玩具のように見える多数の水上飛行機

 マージェリー氷河の下から解けだす水

 出会えたラッコ

 ザトウクジラ

 シャチ