2009年9月30日水曜日

『CO2と温暖化の正体』

 今年に入って初めての訳書が、先月ようやく刊行された。海洋のベルトコンベヤー説で有名なブロッカーの『CO2と温暖化の正体』だ。これまでの気候科学関係の訳書を、よくわからないと言いながら読みつづけてくれた母が、「キャンプ・センチュリーとか、ダンスガード・オシュガー・イベントとか、聞いたことがある名前がでてきたよ!」と、得意そうに話してくれたのが、ちょっとうれしい。 この分野の本はかなり訳したので、文系人間の私でもおよそのことは見当がつくようになったが、根本的な科学の知識が欠けていることと、数字に弱い点は、いかんともしがたい。このエッセイを書きながら、訳文を読み直したら、なんと間違いを見つけてしまった。「45リットル・タンクに詰めたガソリンはおよそ45キロの重さがあるが、それを燃やして炭素を酸化させると、135キロ以上のCO2が生成される。車にはそれだけのCO2を格納する場所はないし、もちろん、飛行機にもない」(14章、p303)という件だ。  

 ガソリン1リットルを燃やすと、二酸化炭素が2360g排出されるというから、逆算すると、タンクは57リットルでなければならない。原書を確認すると、タンクは12ガロンとある。著者がアメリカ人なので、米ガロンだと思い込み、45リットルと訳したのが運の尽きだった。英ガロンなら54.55リットルで、まあ近い。1リットルのガソリンはハイオクだと780gらしいので、45キロで57リットル強となり、やはり辻褄が合う。単位の換算はこれだから嫌だ。やれやれ。編集者にお詫びのメールを書かなければ。この箇所を訳したとき、わざわざアイスクリームを買ってドライアイスの重さを確かめ、ついでに昇華したときの容量をビニール袋で試し、さらに庭のヤツデの近くで袋の口を開けたのに、なぜ肝心なことには気づかなかったんだろう? 水と油が同じ重さのはずがないのに。  

 そう言えば、以前に訳した本の謝辞に、著者のフェイガンがこう書いていた。「おそらく近日中に、大小さまざまな間違いを指摘することを楽しむ親切な、そしてたいがいは匿名の人びとから、連絡をいただくだろうと確信している。彼らには前もって礼を述べさせてもらおう」。ああ、私も開き直るか。  

 ところで今回の本では、大気中から二酸化炭素を回収して安全に貯留するという、驚くようなアイデアが提案されている。文明滅亡といった悲観論より、人類の知恵を絞って温暖化の危機に対処する方向のほうが、個人的には惹かれる。この画期的な処理方法の開発費は、ブロッカーらの研究に多くの私財を投じ、この本を執筆するためにプロの書き手であるクンジグを雇った実業家、故ゲイリー・カマーが捻出してくれたものだった。こういう財界人が絡んでくると、すぐに陰謀に違いないと勘ぐる人もいるようだが、研究するためにも、世界各地で取材をして本を書くためにも、それを支える資金がなければならない。理論を実践し、実用化にこぎつけるまでにも、多くの試行錯誤を経なければならない。  

 CO2浄化装置にしろ、代替エネルギーにしろ、最初は雲をつかむような話だったに違いないが、それでもこういう難題に挑戦している人がいるというのは心強い。新技術を応援するために、カマーのように大金を拠出できる人はそういないだろうが、不完全な新商品を買って支えたり、代替エネルギーの開発に取り組む会社の株を買ったり、といった応援なら、できる人もいるはずだ。そんなことを考えて、私は試しにソーラーランタンという、ごく小さな商品を買ってみた。日向で6時間ほどニッケル・カドミウム電池を充電すると、LEDランプが6時間ほど点灯しつづける。少なくともクリスマス用の電飾などは、今後はすべてソーラータイプにすればいい。要は、世の中の人の考え方が少しずつ変わることだ。

『CO2と温暖化の正体』 ウォレス・S・ブロッカー/ ロバート・クンジグ著、 内田昌男 監訳(河出書房新社)