富士山に初めて登ったのは六年ほど前だった。近所のおばさんから、「富士山はどこからでも見えるでしょう。あの頂上に自分が立ったんだと思うと、なんでもできる気分になるよ」と言われて、思い立ったのだ。よく晴れた日には、船橋の小学校の校庭からでも富士山は見えた。富士山のように高い山でも、自分の足を一歩ずつ前にだせば、たとえどんなにのろくても、いつかはきっと頂上に到達できる。そのことを小さい姪にも教えたい。そう思うからこそ、これ以上、体力がなくなる前にその約束をはたすべく、重い腰をあげたのだった。
天候が最も安定するといわれる八月上旬に決行したおかげで、今回は晴天に恵まれた。初日は富士宮口から登って九合目の山小屋に泊まり、翌日未明に出発して頂上を目指した。富士山は禿山をひたすら登るだけなので、いわゆる山好きな人は少ない。まわりを見ると、ピカチューの特大の帽子を目深にかぶった子供、だぶだぶの学ランを着た応援団のような一行、キャミソール姿のギャルなど、信じがたい格好の人もいる。きわめつけは、尻尾付きのウサギの着ぐるみ。以前に登ったときは、白装束の中高年も結構いたが、今回は見かけなかったような気がする。海外からの研修生と思しき一行が100人近くいたせいもあって、中南米やアジア諸国を中心に、いろいろな人と挨拶をかわしながら登ることになった。
登り始めは、身体が慣れていないせいか結構しんどい。3000メートルを超えたあたりからは、高山病で気分が悪くなる人もいる。それでも、頂上を極めた人たちの顔は、一様にさわやかだ。山頂で北欧系のカップルが日本語で話しかけてきたので、「富士山に登ると、自信がつくでしょう」と返したら、「ジシン、怖いねえ」との答えが。仕方がないので、「おとといみたいな地震が、いま起きたら怖いね」と、ごまかしておいた。日本語は難しい。
山頂といっても、剣ヶ峰に登らないと3776メートルに到達したことにはならない。日本のてっぺんにあるこの測候所は、昨秋から常駐の人がいなくなり、自動観測になったそうだ。真夏の晴天の日ですら、ここに立つと足がすくむ思いがする。冬の猛吹雪の日など、どんな思いで観測をつづけたのだろうか。剣ヶ峰の先のちょうど大沢崩れの上あたりで、みごとな影富士を見た。富士山そのものの影が下界にくっきりと映っていた。
お鉢めぐりをしたらお汁粉にしようと、くたびれ気味の小さい姪をなだめすかしながら、火口をひとまわりした。頂上小屋で食べたお汁粉は、600円もするのにお餅一つ入っていないがっかりする代物だったが、姪は満足げに小豆汁をすすっていた。下りは、足は疲れるものの、息が苦しくないから助かる。小学生の姪は先頭に立ってトットコと降りていった。