2024年12月31日火曜日

2025年元旦に

 2025年は戦後80年、昭和で数えれば100年の節目の年だという。時代が大きく変わりそうな気配がする。  

 大晦日の昨夜は、昨年と同じ近所のお寺まで娘一家とともに除夜の鐘を撞きに行った。6歳の孫はちゃんと昼寝をして夜に備え、帰宅したのは1時半ごろだったのに、往復とも夜道を元気に歩いた。昨年はコロナ禍の名残だったのか、缶入りの甘酒が振る舞われていたが、今年はちゃんとお鍋で煮たもので、娘の絵本『じょやのかね』そっくりに、「あついから きをつけてね」と孫はお寺の方から声をかけられ、「あまざけの ゆげで ほっぺた」を温かくしながら飲んでいた。近所の人たちは三々五々に集まり、こじんまりとした和やかな雰囲気のなか交代で鐘を撞いていた。108個用意されていたと思われる銀杏は、参拝客の波が途絶えたあとも、まだいくらか残っていた。 

 娘と孫が長々とスケッチを始めてしばらく経ったころ、本堂で読経が始まった。しばらくは銅鑼を叩きながらの読経だったが、そのうち二人の僧侶が蛇腹折りされたお経を高く掲げながら、右から左へ、左から右へ大きくパラパラと動かしながら大声でお経を唱え始めた。初めてみる光景に孫は釘づけになり、お賽銭箱に貼りつくようにしながらその様子をスケッチしていた。臨済宗の転読というお経らしい。ときおり聞こえる短い叫び声は「喝」だったのかもしれない。帰りがけに見せてもらったら、えらくよく描けていた。出がけに、除夜の鐘の場面を描いたコラージュ作品を「全部、糊だよ」と得意そうに言いながらプレゼントしてくれたのだが、それもじつに上手だった。小学校に上がる年齢というのは、子どもが大きく成長するときであるようだ。 

 昨夜は就寝したのが遅かったので、面倒だなあと思いつつ、今朝は早起きして頑張って近所の公園まで初日の出を見に行った。昨秋、この公園を平たく改造する計画がもち上がり、反対したこともあって、高台からの初日の出を拝んでおかねばと思ったからだ。途中、犬の散歩をする人などがちらほらいて、元日の早朝にしては人が多いなと思ったら、どうやらみんな同じ公園を目指しているらしい。頂上に着いてみたらすでに数十人が南東を向いて待っていた。親子連れ、老夫婦、中高生、若者など、まさしく老若男女と犬たち。最終的にはおそらく80人くらいはいたと思う。この景観を守った一人として、初日の出以上に心を強く動かされる光景だった。 

 公園を出たところで、若いお兄さんが落ちているゴミを拾い上げていた。思わず「ありがとう!」と、声をかけたが、ふと見ると、道路上にファストフードのゴミが点在している。一緒に拾い始めると、「僕、もって帰りますよ」とまで言ってくれたが、自分の分は家までもち帰った。暗いニュースばかりがつづくが、世の中まだまだ捨てたものではない。  

 暮れに、黒豆、きんとん、松前漬だけはつくり、いくらかお節料理を用意はしていたが、朝は面倒なのでいつものトーストにしながら新聞(毎日)を広げたら、デジタル技術を活かして市民が自由にネット上で意見交換できる直接民主主義の方向へ、一歩踏みだす試みが始まっているという一面のトップ記事が飛び込んできた。ちょうどいま民主主義に関連したテーマの本を訳しており、昨秋は公園絡みで横浜市の「市民からの提案」を利用したばかりでもあったので、興味深く読んだ。  

 私自身にとっても節目の年となりそうな本年、これまで以上に健康に留意して、いましかできないことを一つひとつこなしていきたい。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 孫からのプレゼント! 

 近所のお寺で除夜の鐘の順番待ち

 甘酒をいただく

 近所の公園で初日の出を待つ人たち

 公園から見える富士山とカラス

昨年、ひそかな願望を託してつくりつづけた人形たち。障子は真っ先につくってみた一つだったが、ようやく掛け軸(タンチョウは娘の絵を借用)と座布団をつくったら、やはり畳も欲しいと思い、年末になってボロボロのゴザ座布団を壊してつくり、ついでに花器も粘土でこしらえた。

2024年12月26日木曜日

年末に

 あっと言う間に一月が経ってしまい、すでにクリスマスも過ぎ、ボクシング・デーも終わろうとしている。予定では年末までに一通り訳し終えて、年始から全面的に訳語を再検討しながら見直すはずが、まだ本文が100ページ以上も残っているという情けない状況だ。

 すでに何度か書いているが、このところずっと取り組んでいる本は、民主主義とは何か、平等とは何かという、きわめて根源的なことを深く追究している作品である。民主主義の危機が叫ばれるいま、世界が直面している本当の問題を鋭く描く本だと思うが、まだ自分の頭のなかで整理がつかない。原始時代から始まる壮大な思想史の作品を訳すのは、哲学の知識に乏しい私にはかなり荷が重い。  

 ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』も読んだことがなく、中江兆民をほんの少しかじった際に、日本国憲法の公共の福祉の問題等を認識した程度でしかない。今回、彼の思想をようやく理解するなかで、ふと思いだしたのが、小学生のころに愛読したサザエさんの漫画だった。「にんげんよ、たまにはしぜんにかえれ!!」と地面に大の字になるサザエさんを遠巻きに見ている人たちが、変死体と誤解する、というオチのもので、当時はもちろん、さっぱり意味がわからなかった。のちに、「自然に帰れ」がルソーと関連づけられる言葉だとは習った気がするが、人間が文明化し、堕落する以前の状態を「自然」と呼んだことなどは、よく理解していなかった。  

 そうか、あのサザエさんはルソーだったんだ、と思ったら、無性にその漫画を読み返したくなった。記憶のなかの表紙を頼りに画像検索で巻数を確認し、横浜市の図書館から借りてみた。うちでは週刊誌や月刊誌の漫画は買ってもらえなかったが、サザエさんの単行本だけは母が2冊買ってくれたので、私はよくわからないまま、繰り返しそれを読んでいた。半世紀ぶりに手にしたサザエさんだったが、どのページもセリフまでよく覚えていた。娘宅で孫に読んでやったら、大いに気に入り、いまでは行くたびに、フーテンだの、新聞配達少年だの、ガーターストッキングだの、木風呂だの、昭和の風習をいちいち説明しながら読んでやっている。  

 少し前の章は、社会主義やマルクス主義が中心テーマだったので、いくつか訳語を確認するために、『ユダヤ人問題によせて』や『反デューリング論』などを借りてみた。隙間時間にざっと読むのが精一杯だったが、どちらもなかなか面白そうだった。前者では「ユダヤ人とキリスト教徒が、お互いの宗教を、ただもう人間精神の別々の発展段階として、つまり歴史によって脱ぎすてられた別々の蛇の脱けがらとして認識し、そして人間をそれらの脱けがらを脱皮した蛇として認識しさえすれば」と、マルクスは対立を生むばかりの宗教について言及していた。脱けがらは、宗教や国籍などによる集団のアイデンティティと考えてもよいかもしれない。 

 後者では、2人の人物を例に挙げて問題分析をするデューリングの手法にたいし、エンゲルスが同じくらいユーモアに富んだ批判をしていた。「ここで読者に不愉快なことをお伝えしておかなければならない。それは今後も長いあいだこの評判の二人の男が、ずうっと読者につきまとうであろうということである。彼らは社会的諸関係の領域において、これまで他の天体の住民というもの——これはおそらくもうかたがついたと思うが——が演じてきたのと類似した役割を演ずるわけである」。訳者はにやにやしながら、この箇所を訳したのだろうと、つい想像してしまう。 

 このあとはファシズムに焦点を当てた章で、カール・シュミットの本を借りて読んでみた。ファシズムの成立過程やその思想について、これまできちんと読んだことはなかったので、ルサンチマンとの関連がとくに、大いに考えさせられた。ついでに言えば、フランス語の発音とは程遠い、「ルサンチマン」というカタカナ語はどうも好きになれないので、原書が英語でリゼントメントと書いている箇所は「恨み」とシンプルに書くことにした。 

 極めつきは民主主義や社会主義とファシズムの共通点だった。民主主義の根本的な問題と言えるものは、ほかの章でも説得力をもって論じられており、いま世界各地に現われているさまざまな歪みは、生じるべくして生じたのだと思わざるをえなくなっている。 

 年末なので、もう少し楽しい話題にしたかったのだが、あまりにも余裕のない日々を送っているため、どうぞご勘弁を。

 本年も「コウモリ通信」をお読みいただき、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

『サザエさん』45巻、長谷川町子著、朝日新聞出版