2018年1月4日木曜日

A Pioneer in Yokohama

 この数年、毎年恒例のように締切りに追われた仕事をかかえての年越しとなっている。昨夏は3カ月間も仕事のない状態がつづいたので、それを考えれば、たとえ時間に追われていても、仕事があることはありがたい。しかも、いま取り組んでいる本は、失業中に読んであまりにもおもしろかったために、翻訳企画をもちかけて、とんとん拍子に決まったものなので、正月返上などとぼやいたら、罰が当たりそうだ。年末も必死に見直しをして過ごし、頭のなかがこの本のことでいっぱいなので、年始のエッセイながらちっとも新年らしくない話題で恐縮だが、どうぞご勘弁を。  

 今回の本は、じつは開港当初の横浜に住んでいたオランダ商人によって140年ほど前に書かれた、事実にもとづく冒険譚だが、原書がオランダ語だったせいかいままで邦訳されていなかった。6年ほど前にこの本がアメリカで英訳されたおかげで私の目に留まることになった。史料も少ない幕末の横浜・長崎について、アメリカの研究者があれこれ調べ抜いて訳してくれたのに、とうの日本の読者がそれを知らずにいるのはあまりにももったいない。そう思って、重訳にはなるが、翻訳すべき作品と考えた。  

 本書には、日本の歴史家が見落としてきた驚くべき事実がいろいろ書かれている。その一つに、コウモリ通信でも何度か触れた日本最初のホテルであるヨコハマ・ホテルに関する話があった。英訳者があげていた参考文献のリストには、澤護の『横浜外国人居留地ホテル史』も含まれていた。澤先生には大学時代に教わっているのだが、フランス文化史だったか文学史だったのかも覚えていない情けなさだ。のちに横浜の歴史に興味をもつようになり、ご著書を何冊か読んだ矢先に、先生は急逝されてしまい、横浜の歴史について直接お聞きする機会は永久に失われてしまった。それでも、ネット上に残された数々の論文を見つけるたびに、初期の横浜で活躍しながら誰からも忘れられた人びとを、一人ずつ丹念に調べあげておられた澤先生の熱意に感服したものだ。  

 ヨコハマ・ホテルは、ここが当初唯一のホテルであり社交場でもあったため、数多くのエピソードを生む舞台となったのだが、ここがそもそも開港期に幕府が建てた御貸長屋の一隅であったことを、先生は気づいておられただろうか。しかも、まだ商館用の土地すら整備されていないのに、遊郭だけは用意しなければならないと考えた幕府が、太田屋新田の沼地の埋め立てが間に合わなかったために、唯一の役場であり、税関であった運上所の目と鼻の先に、急遽、臨時の遊郭を開業させたのだという。数カ月後に遊郭が現在の横浜公園の場所に移転すると、この長屋が空いて、そこをオランダ船ナッサウ号の船長だったフフナーゲルが買い取り、ホテルに改装したのだという。  

 この一件に関する著者デ・コーニングの解説がじつにおもしろい。「東洋人はみなそうだが、日本人は非常に好色な民族だ。ヨーロッパ人との接触がなかったため、われわれの潔癖な習慣のことは知らず、外国人にも自分と同様の欠点は見られるに違いないと彼らは考えていた。外国人が日本を訪れたがるのは、ひとえに日本女性と知り合いになる下心があるためだという間違った観念を、非常に多くの日本人がいだいていたのである。荒海を航海してきたあと、横浜の桟橋に晴れ晴れと上陸した多くのまっとうな外国人は、礼儀正しい日本人がする無作法な仕草に直面することになった。彼らは歓迎のつもりで、遠路やってきた外国人がついに極楽に到着したことを知らせようとしていた」。遊郭の仮宅を改造したヨコハマ・ホテルについては、こう書いている。「これは日本の不道徳にたいして上品な文明が収めた最初の勝利であり、しかも数カ月前まで堕落した信奉者のいるお茶屋が放置されていた、まさにその場所で遂げられた勝利であった」  

 日本の歴史家は通常、遊郭は一般の日本女性に外国人が手出ししないようにするために講じられた対策だったと説明する。実際、初期に単身で横浜にきた外国人の相当数が、「らしゃめん」を一人ないし二人囲っていた。しかし、こうした女性たちは実際には大半が女郎ではなく、町娘だったようで、日本通で知られた人びとの多くにはこのような日本人の内妻がいた。彼女たちはかならずしも、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』に登場する亀遊のような、喧伝された悲劇の主人公であったわけではないのだ。デ・コーニングによれば、開港当初の横浜には金貿易目当てのならず者の外国人も大勢いたので、幕府の対策がまったくの杞憂だったとは言えない。それでも、純粋に自由貿易のために来日した大多数の外国人にとっては、幕府によるこの過剰な手配は余計なもの、もしくは滑稽なものだったに違いない。今年は明治維新150周年でもあり、開国とはなんだったのかを振り返るよい機会でもある。なるべく春には刊行できるよう努力したい。
 
 現在、翻訳中の A Pioneer in Yokohama
 
『横浜外国人居留地ホテル史』 澤護著(白桃書房)

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