2020年11月16日月曜日

横浜市中央図書館

「宇宙(人はこれを図書館と呼ぶ)は、不定数の、おそらくは無限の数の六角形の閲覧室で成り立っている。真ん中には巨大な通風孔があり、ごく低い手すりで囲まれている。どの六角形からも、上のほうの階や下のほうの階がはてしなく見える。閲覧室の造りはつねに同じだ。書棚は20段あり、2辺を除いた各辺に5段ずつ長い棚が並ぶ。書棚の高さは、各階の天井高に等しく、平均的な司書の背丈とほとんど変わらない。書棚のない空いている辺の一方は狭い出入り口に面し、別の閲覧室へとつづいている。最初の閲覧室や、その他すべての閲覧室とそっくりの部屋だ。出入り口の左右には二つの小部屋がある。一方は立ったまま眠るための部屋で、もう一方は生理的欲求を満たすためのものだ。この部分は螺旋階段に通じており、下は奈落の底まで、上は高みにまでつづいている」(アンソニー・ケリンガン英訳から重訳)  

 これはアルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『バベルの図書館』の冒頭部分で、現在、取り組んでいる本のなかで言及されていた。建築物の描写の翻訳は非常に厄介で、文面から正確にその光景を頭に描けることはまずない。実在する建物であれば、私はひたすら画像を探し、著者が何を言わんとしているのかを確かめる。だが、ボルヘスのこの図書館は架空のものであり、しかもスペイン語の原文からの英訳は何種類かあるようで、少しずつ内容が異なる。岩波文庫の『伝奇集』にある鼓直氏による邦訳も読んでみたのだが、どんな構造かまるで思い描けない。  

 六角形が無限につづくと言えば、誰もがハニカム構造なり、亀甲繋ぎなりを連想するだろう。この文様を多用していた鮮卑について調べたことがあったので、その意味でも興味を引かれたのだが、ボルヘスはこれを際限なく広がりうるパターンとして思いついたに違いない。だが、八角形と四角形でやはり連綿とつながる蜀江文や、タイルによくあるその変形版ならば、隣の閲覧室とのあいだの「出入り口」(英訳ではentrance way)の両側に小部屋を配することもできるが、亀甲繋ぎの場合、一つの六角形の辺は隣り合う六角形の一辺と完全に接していなければならない。壁の厚みがかなりあると考えれば、不可能ではないとしても、螺旋階段はいったいどこにあるのか。などと、あれこれ頭を悩ませながら画像検索をすると、この図書館を描こうと試みた人が大勢いることがわかったが、当然ながらすべての条件を満たした作品は見つからなかった。  

 私がとくに悩んだのは、英語では複数になっていた通風孔だ。中央に位置する通風孔の周囲に六角形の部屋が6つ配置されたある想像図を見て、これを1ユニットと考えるのかなどと納得した。そこでふと思い浮かんだものがあった。実際にそんな光景を見たことがあるのだ。しかも図書館で。そう、横浜市の中央図書館だ。それまであまり意識したことがなかったが、建物の中央に吹き抜け部分がある。そのなかで、かなりの重量と思われる金属の塊がガラス越しにゆらゆらと揺れている。私は館内閲覧の本のコピーを取るために、その光景をぼんやり眺めながらコピー機の前でこれまでかなりの時間を過ごしてきた。  

 次に図書館に行った際に確かめてみたら、「光庭」と呼ばれているこの吹き抜けは実際に六角形だった。司書に教えてもらった図書館建設に関する資料にあったフロアプランからは、この建物が亀甲繋ぎのように、「六角形を基調としたユニットを組み合わせた」ものであったことがわかった。この図書館には、螺旋階段すらある! 地下3階、地上5階なので、バベルの図書館とは比べものにならないが、最上階から見下ろせばそれなりに迫力がある。「光庭」は地下3階までつづいていた。書庫の本の貸し出しや閲覧をお願いしても、それを取りに行く係員は穴倉のような倉庫を這い回るのではなく、自然光の入る閲覧室のようなところで本を捜す作業ができるようだ。  

 設計は前川建築設計事務所ということしかわからない。このアイデアを思いついた人が、ボルヘスの作品を読んだことがあるのかどうかもわからなかった。1987年に中央図書館の基本構想が立てられた時代は、横浜もいろいろな意味で文化的に豊かだった、ということだろうか。決して広いとは言えないこの図書館はいまでも大勢の市民に日々利用されている。小さな子供から老人まで、館内でそれぞれ自分の世界に浸っている。

「光庭」

 オブジェ「光のまい」は望月菊麿作

 中央図書館のフロアプラン

 螺旋階段

 横浜市中央図書館外観

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