2022年9月10日土曜日

工作熱

 いつの間にか日の出は1時間近く遅くなり、夜はツヅレサセコオロギとアオマツムシにカネタタキが合いの手を打つのを聞きながら過ごすようになったが、私は相変わらず大量のゲラと格闘している。近所のプールに行こうという孫との約束も果たせないまま夏が終わってしまったようだ。休む間のない苦行僧のような日々が4月からつづいているため、ブログもなかなか更新できずにいる。 この間に参考文献として非常におもしろい本を何冊か読んだし、仕事のなかで発見した重大な事実もあるので、書きたいことはいくらでもあるのだが、考えをまとめるだけの余裕がない。代わりに、私のストレス発散方法について少しばかり書くことにする。暑くて散歩する気にもなれないなかで、ひたすら仕事に追われているこの数カ月間、私がまだ気も狂わずにどうにか乗り切れているのは、おそらくこのおかげと思うのだ。そう、工作である。 

 第1号は、これを工作と呼べるかどうかは別として、この夏、コロナ禍になって以来久々に近所のお祭りがあると聞いて、俄然やる気になった孫の浴衣づくりだった。まだ孫がおむつをして這っていたころ2メートルだけ買った布が眠っていて、これ以上大きくなる前に仕立てないと無駄になりそうだったからだ。金子みすゞの詩「淡雪」をテーマにしたという布で、「おもしろそうに 舞いながら、ぬかるみになりに 雪がふる」という冬の詩なのだが、いかにも浴衣になりそうな柄で、古風な顔立ちの孫には似合うだろうと思ってちょっと奮発して買ったものだった。浴衣などもちろんつくったことはなかったが、無料型紙をダウンロードし、布の裁ち方を工夫して2メートルでやりくりし、初めて袋縫いや落としミシンなるものも動画で学びながら、どうにか縫いあげた。お祭りそのものは、盆踊りもない夜店だけの子供祭りだったが、孫に祭りの雰囲気だけはいくらか味わわせてやることができた。帯は、娘が以前に友禅染め作家の福原勝一さんからいただいた手染めのスカーフで代用した。うまくは結べなかったが、唐辛子色が映えて不細工な浴衣が本物らしく見えた。 

 次につくったのは、フェイスブックのタイムラインに流れてきた、ゼムクリップと洗濯バサミとアイスクリームの棒でつくる簡単なクランクシャフトで、ふわふわと上下に飛ぶメンフクロウの工作だった。洗濯バサミの部分は手持ちの棒で代用できそうだったが、100均にあるのを知っていたので、これだけ買い、残りはほぼ動画のとおりに、うちにある大量のプリントアウト用紙も使って、それらしきものをつくり上げた。この手の単純な仕組みに興味をもってもらえればと、孫の誕生日にもって行ったのだが、「一緒につくりたかったのに」と不機嫌そうな一言をもらっただけだった。いつか一緒に羽ばたく蝶をつくってみよう。 

 誕生日プレゼントがこの工作物だけでは気の毒なので、果物・野菜柄の布を1メートルだけ注文して、ごく簡単な夏の袖なしワンピースをつくった。ヤッフー・ニュースの片隅に何度も現われては私を誘惑していた広告につい釣られたのだが、同じデザインでダブルガーゼやオックス生地など、数種類の布地を選ぶことができた。届いてみるとちょうど1メートル分が、いかにもプリントアウトされたという感じの布で、注文のあった長さ分だけを、その場でプリントアウトして販売しているものと思う。これなら在庫を抱える必要はないので、面白いアイデアだと思った。子供の絵のような手描きのイラストで、大きなスイカまである柄が素敵だと思ったのだが、肝心の孫はチラリと見るだけで、一向に興味を示さなかった。絵柄のなかで好きだったのは青いプラムだけ、と素っ気ない。娘によると、最近はもっぱら電車柄のTシャツがお気に入りらしく、親がかわいいと思うワンピースを着てくれなくなる時期は近いかも、とのことだった。 

 疲れた頭で思いついた誕生日のプレゼントは、こんなわけでどちらも不評だったので、その挽回を兼ねて、孫が欲しがっているというメリーゴーランドづくりに挑戦してみた。何しろ、ちらりと検索したところ、見事に動くメリーゴーランドを段ボールで工作している人の動画を見つけてしまったのだ。仕事の合間に何度か再生して工程をとくと眺め、たくさんのコメントのなかから上下に動かす仕組みについてのヒントがわかると、どうしてもつくってみたくなくなった。何よりも試したかったのは、段ボールの波形の中芯を利用したギアだったが、うちにある段ボールでは強度が足りず、動きがスムーズでなくなるうえに、しばらく回しているうちに波形が崩れてしまったため諦めることにした。よって、動力源のモーターも購入しないことにした。スムーズに回転させるためのベアリングを買うかどうか最後まで迷ったが、どうせ大したものはできないだろうと考え、お金をかけず、家にある材料だけでつくることにした。利用したのは、段ボール以外では、古い糸巻きと菜箸、それに焼き鳥の串と、以前に小さな人形をつくるために買って、たくさん残っている木の球で、動力は原始的に手回しとした。大きさも、動画で紹介されていたものの半分のサイズにした。 

 およその仕組みができた段階で孫と娘に披露したら、どちらも大喜びしてくれたので、乗り物の動物をつくる作業は2人に任せ、屋根などを孫と遊びながら、実際には並んで勝手に工作しながらつくった。円錐形の屋根など斜辺の長ささえ決まったらあとは簡単だよと豪語したあと、コンパスで設計図を描いてみせると、孫は興味津々になり、自分にも円を描かせろとせがんだ。屋根は8枚はぎにすることにした。段ボールの切れ端から扇形を切り取って傘状につなぎ合わせ、さてそれをどうやって本体の上に接着するかと考えているあいだに、孫が扇形部分の枚数を数え始めた。「1、2、3……7!」一周回っているうちに、数え間違えたに違いない。「もう一度、ちゃんと数えてご覧」と命じたところ、やはり7だと言う。まさかと思いながら自分で数えてみると、やはり7枚しかない。設計図は8枚なのに、前日、風呂の支度の合間に慌てて貼り合わせた際に7枚で尖った屋根にしていたらしい。娘にからかわれながらつくり直すはめになった。後日、孫に絵の具で塗ってもらった青系と赤系の紙を切り抜き、一緒に糊貼り作業をした。完成したメリーゴーランドは、小さな人形たちがかろうじて乗れる大きさで、動きはだいぶガタピシしているが、それでも床部分を手で回すと乗り物が上下に動き、じつに楽しい工作物になった。 

 トリとなるのは、人形たちのお月見台だろうか。台そのものに相当する、原始人の枝編み細工のようなものをつくったのは春先だったと思うが、中秋の名月が近づいため、そこまで登れるようにボビンで滑車をつくってやった。『14ひきのおつきみ』が愛読書だった娘が忙しいとこぼしながら紙紐で編んだ籠に乗って、小さい人形たちが吊りあげられる仕組みだ。うちの庭に繁茂しているノブドウの蔓を使って、紐がずれないように工夫した。台風がきているなか、幸運にも中秋の名月の晩だけ晴れたので、人形たちも一緒のお月見夕ご飯にも呼ばれてきた。 短時間のつもりが、娘宅のベランダから肝心の月がなかなか見えず、月を待ちながら風流なひとときを過ごすことになり、間違いなく気分転換になった。

 ついでに宣伝を。  
 娘のなりさが、このほど出版ワークスから『はばたけ!バンのおにいちゃん』という絵本を出版することになった。もともとはイギリスに留学していた時代の卒業制作につくった作品で、卒業展を見にきてくれたマクミラン社からイラストにたいする賞はいただいたものの、結局出版まで漕ぎ着けずに終わってしまったものだった。絵本の勉強をするために留学したはずの娘は、イギリスに着いて早々に中古の自転車を買い、あちこちにバードウォッチングにでかけるうちに、野鳥の会本家のようなRSPBに加入し、なかば鳥類学を学びに行ったような3年間を過ごした。この物語は、ケンブリッジ市内に驚くほどたくさん生息している水鳥のバンの観察をつづけるうちに、思いついたものらしい。  

 3年前にボローニャ展が西宮の大谷記念美術館を巡回した際に、市内のギャラリーアライで開かせていただいた個展で、この学生時代の作品のダミー本を展示したところ、訪ねてきてくださった編集者の方が目を留めてくださり、日本での出版が決まったという経緯だった。物語の舞台を日本に移したこともあって、絵は全面的にやり直した。リノリウム版画と消しゴム判子を主とするミックスメディアというところは変わらないが、荒削りだった10年前の作品に比べて、版画はずっと洗練されたものになったと思う。娘にとって非常に思い入れのある作品だけに、やたら細かいところにまでこだわり、苦労して仕上げていた。ご近所の書店の児童書コーナーで見つけたら、お手に取っていただければ嬉しい。

「淡雪」の浴衣姿で花火をする孫
 東郷なりさ作、木版画

 お祭りの日の実際の浴衣姿

 クランクシャフトで飛ぶメンフクロウ

 誕生日プレゼントにしたワンピース

 メリーゴーランド

 お月見台と滑車
 
 とうごうなりさ作、上田恵介監修、出版ワークス

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