たまたま娘も2日連続で大学が休講になったため、平日に鈍行を乗り継いで行くことにした。麓の雲峰寺付近は、ちらほら色づき始めた程度だったが、登山道に入るあたりから周囲は色鮮やかな紅葉に染まっていった。真っ赤なカエデや、惚れ惚れするグラデーションのヤマザクラの葉が落ちていると、すぐに色褪せてしまうと知りながら、つい手を伸ばしてしまう。
秋の山はカケスばかりで鳥はあまり期待できないよ、と言われていたのに、キビタキを初めて間近に見ることもできた。頂上付近ではルリビタキの若鳥が3羽、ナルニア国のコマドリさながら、私たちの前を飛んで道案内してくれた。途中で耳慣れない声も聞いた。ヒーイッ、ヒーイッ、と誰かが叫んでいるような、機械のきしみ音のような鋭い音だ。
1日目は途中の福ちゃん荘でキャンプをした。泊り客は私たちと、もう1組だけ。ご飯が炊けるのを待つあいだ、塩山の駅で買ってきた「えんざんワイン」の小瓶を開け、2人で回し飲みをした。地元のワインを飲みながら、夜空の下で食べると、レトルトのグリーンカレーでもおいしい。低山をのんびりと巡るこうした山行も悪くない。
昼間の鳴き声の正体がわかったのは、夜、キャンプ地のトイレに行ったときだ。目の前で何か白いものが急に動き、ヒイッという警戒音を発した。白いお尻。ニホンジカだ! ということは、昼間のあの声は、奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声だったわけだ。「ああ、それなら発情期の声だって、教授が言っていたよ」と、声の正体を突き止めて有頂天の私に、娘はあっさり言った。あの歌の物悲しさには、ひょっとして別の意味があったのだろうか?
翌日の明け方、フライシートに当たる雨の音で目が覚めた。それまでの楽しい気分はどこへやら。テントから身を乗りだしながら大急ぎでオートミールをつくり、熱いお茶を魔法瓶に詰め、雨が小降りになった隙にテントをたたんで、薄暗いうちに出発した。
途中、目の前を2頭のシカが横切った。冷え込む山のなかで、野生動物はみな雨に打たれている。餌の乏しい寒い冬を乗り切れるかどうかで、生存できるかどうかが決まる。でも、すべてのシカが生き延びたら、今度は山の草木が危ない。足元に茂るクマザサを示しながら、「ここはまだいいけど、丹沢のササは食い荒らされているんだよ」と娘が教えてくれた。行きの電車で読んでいた『ワインの科学』(ジェイミー・グッド著、河出書房新社)にも、ブドウの木を台無しにするフィロキセラというアブラムシが、通常は冬のあいだにほぼ死に絶えると書いてあった。温暖化によって越冬できる幼虫が増えたら、アブラムシは爆発的に増えるのだろう。自然の仕組みは本当に複雑だ。
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