翌朝は世界有数の水上飛行機の発着場であるフッド湖とスピナード湖まで徒歩で行って、観光タクシーに乗るような気軽さで小型機に乗り込み、クック湾の対岸にあるスパー山付近の氷河の上を飛んだ。沼地が点在する緑豊かな平原ではムースやブラックベアが闊歩する姿が見えた。やがて、あたりは一面、氷の世界になった。氷河の末端では氷のかけらが一斉に流れだしている。夏の氷河の表面はまるで現代絵画のように亀裂が縦横に入り、ところどころにあるメルトポンドは、なかの氷河氷を映すからなのか、宝石のように青い。
スパイ映画さながらに、狭いU字谷の岸壁際を飛んだあと、ベルーガ湖という誰もいない湖に着水した。湖岸には人手で植えたかと思うほどきれいな夏の野草が、あちこちに咲いていた。北米にだけあるキバナチョウノスケソウは、3種類しかないチョウノスケソウ属の1つだ。白いほうのチョウノスケソウは、花粉化石が指標となっていることで知られる。
空から見たときはわからなかったが、のちに船でカレッジフィヨルドやグレイシャーベイの氷河へ近づいてみると、その海域だけ気温が急激に下がり、真冬になったかのようだった。夏のあいだに氷が消滅するのか、それとも解けずに残るのかという違いが、のちの気温や植生を大きく変えるということが実感できた。アンカレッジから日帰りで行かれるポーテージ氷河は、昔はプリンスウィリアム湾とクック湾を結ぶ陸路輸送(ポーテージ)に使われていたそうだ。20年ほど前にホストファーザーが訪れたときも、まだ氷河の上を簡単に歩けたらしいが、いまでは前面に氷河湖が大きく広がっていた。
プリンスウィリアム湾あたりから、エトピリカやウミガラスなどの海鳥が、パドリングするように海面すれすれを飛ぶ滑稽な姿が目につくようになった。海面にケルプが浮かんでいる海域で波間に目を凝らし、2つに見える黒い点があれば、それがラッコだ。陸地の影もない大海原に浮かんで、毛づくろいをしていた。点が1つならアザラシかトドだ。クジラやイルカは水面にでている時間が短いので、注意深く見ていないと見逃してしまう。
アラスカのスワードから、ジュノー、ケチカンなどに寄港しながらヴァンクーヴァーまで1週間のクルーズをするあいだ、私たちはチーク材張りのプロムナードデッキに陣取って、ひたすら海を眺めていた。運動代わりにデッキを歩いている人たちは、しまいに通るたびに「何か見たか」、「クジラはでたか」と娘に聞くようになっていた。
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