ハラッパーやモヘンジョダロで有名なインダス文明は、実際にはサラスヴァティー川流域にあったといまでは考えられている。この川が干上がるにつれて人びとは四散したのだろう。下水道まで完備した高度な都市を築き、メソポタミアや中央アジアの国々と交易をしていたこの文明の存在は、二十世紀初頭まで忘れられていた。再発見のきっかけをつくったのが、インダスの印章と呼ばれるものだ。ソープストーンという柔らかい石に彫られていて、封印のように粘土に押して交易に使われていたと考えられている。
いま訳している大英博物館の本にこの印章について書かれた章があり、いつもながら、つい調べ物に夢中になってしまった。この印章にはまだ解読されていないインダスの文字とともに、驚くほど写実的な動物の姿が陰刻されている。ゾウ、トラなど、一目でそれとわかる動物もいれば、あまり馴染みのない動物もいる。鎧を着たようなイボイボのサイは、デューラーの「犀」の絵によく似ていたので、インドサイだと見当がついたが、襞襟をつけた蹄のある動物は、ヤギなのか牛なのかもわからず、延々と画像検索したあげくに、フェイガンの本にあったコブウシだ!と思いついた。しかし、縞模様の一本角がある妙な動物はなんだろう。大英博物館の本には「牛とユニコーンが合体したような獣」と書いてあったが、私には架空の動物には思えなかった。後ろ脚の付き方や蹄などは、動物をよく観察した人ならではの正確な描写だし、空想上の動物にしてはずんぐりしている。
気になって今度はユニコーンを調べてみると、インダス文明からはるかのちの紀元前390年ごろペルシャ王の医師を務めていたクテシアスというギリシャ人が『インド誌』のなかで「インドには、ウマぐらいの大きさか、もしくはそれ以上の大きさの野生のロバがいる。その体は白く、頭は暗赤色で、眼は紺色、そして額に縦1キュビットほどの長さの1本の角を持つ」(ウィキペディア「ユニコーン」より、1キュビットは約45センチ)と書いている。「この動物は、非常に力強く、足が速く(中略)その肉はひどく苦く、食すこともままならないので、角とアストラガロス(距骨)のためだけに狩られる」。その100年ほどのちに、実際にパータリプトラに駐在していたギリシャ人、メガステネスが現地人から聞いた話もウィキに掲載されている。メガステネスの記述はインドサイと混同しているが、角には「螺旋状の筋が入って」いるとしている。インダスの印章の動物にそっくりではないか。
アレクサンドロス大王はインド遠征時に大きな大学のあるタキシラの町を訪れ、現地の人びとと哲学談義を楽しんでいる。パンジャーブ地方にあるこの町にいた文化人たちは、インダス文明を築いた人びとの子孫だったのかもしれない。
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