その後、孫がどうしてもまた除夜の鐘を撞きに行きたいと言うので、夜中に駅で待ち合わせて、今年も近所のお寺にお参りすることができた。帰りの電車の時間があったので、ゆっくりはできなかったが、3年連続はちょっとした快挙だ。娘が絵本『じょやのかね』の舞台にした船橋の飯山満の光明寺には何度くらい詣でただろうか。初日の出を拝みに行くほどの気力はなかったので、今年は省略した。
昨秋は2冊の本の校正が見事に重なって、初校、再校が入れ替わり立ち替わりやってきて、紙に埋もれるような毎日だった。そのうちの1冊『〈平等〉の人類史』は500ページ超の思想史の大作だったので、なおさらだ。12月なかばからは年末が締め切りの「忠固研」史料集のための原稿をどうにか書き上げた。
そんななかで、孫の労作「わたしのイネかずかん」(イネ科図鑑)が木原記念こども科学賞の低学年の部で最優秀賞をいただいたため、先月なかばには横浜市役所のアトリウムで行なわれた表彰式には顔を出し、晴れ姿を目に焼きつけておいた。考えてみれば、私はこの年齢まで何かまともな賞を受賞した経験がない。翌週には姉のピアノ教室の発表会があったので、それも聴きに行った。ふだんちっとも練習しない孫は、今年は自分の力量をはるかに超えたブルクミュラーの「牧歌」と「バラード」をそれなりに弾き、「きょしこの夜」を娘と連弾をした。上手な生徒さんの演奏に刺激を受けたのか、終わってから急に「タランテラ」を自分で練習しているらしい。
太陽の位置が低いこの時期は、15年ほど前に建った隣家の大きな二階のせいで日中は家のなかが暗く、寒々としている。それでも、冬至を過ぎるころから、細い陽の光が「冷たい水の中の小さな太陽」さながらに入るようになり、冬の午後、家のなかに長く射し込む西陽をありがたがっていた母を思いだす。昨年の日本庭園の本の仕事で谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を読んだおかげで、暗いからこそわずかな光が大切に思えるのかとも思えるようになった。
一連の仕事が片づくと、休む間もなく、本来は年末に仕上がる予定だったはずが、まだ3分の1程度という次の仕事に必死に取り掛かった。当然ながら正月休みも返上で、残りの半分ほどまでにきたこの物理本を少しでも先に進めなければならない。遠心調速機の仕組みだの、太陽歯車と遊星歯車の動きだのを、動画を見たり、解説を読んだりしながら理解しようと努めている。
どこにも行けず、寒い家のなかでPCにかじりついていなければならない日々は、どうしてもストレスが溜まる。最近は、私のフェイスブックにやたらレゴの動画が流れてくるので、ストレス発散に眺めると、いろいろアイデアが浮かび、歯車の仕組みの勉強だとか、あれこれ言い訳をしつつ、何度もパーツを買い込んでしまった。娘には完全に呆れられ、使えなかったパーツを孫のレゴ箱に追加すると、「また撒菱が増える!」と怒られている。実際、私に似て整理整頓が苦手な孫は、床中にレゴを散らばしたままにしているので、抜き足差し足で歩かなければならない。
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