もとはコロナ禍で、新入生向けにオンライン配信したガイダンス動画がきっかけだったそうで、本を執筆中という話をだいぶ前に聞きながら、いつまで経っても刊行されないと思っていたところ、当初の企画がいったん完全に潰れて、大量の原稿を抱えて飛び込み営業した末に、5年の歳月を経てめでたく出版に漕ぎ着けた、という汗と涙の結晶らしい。インタビューに応じてくださった方々や、あいだを取りもってくださった方々など、大勢の人を巻き込んでの企画なので、その間、さぞかし胃の痛い思いをしたことと思う。
弟は上智大学の外国学部英語学科で教えているので、インタビューした人の多くは上智の関係者であり、なかでも英語学科というやや特殊な環境が背景にある。弟は日本で教育を受け、県立浦和高校から英語学科に入り、帰国子女がやたらと多く、「休み時間に周りでみんな英語で話している!」状況に怖気づいた一人だったらしい。
私が出たフランス語学科も、帰国子女が多いという点では似たり寄ったりかもしれないが、入学前からフランス語がペラペラの人は「スペシアル」組になり、フランス語の初歩の発音練習や会話練習は免除されていた。私たちその他大勢は、幼稚園のお遊戯さながらに身振り付きで、フランス語特有のリズムを習う訓練を延々とやらされたので、「r」の発音をなかなか習得できない人など、多少の優劣はあったにせよ、どんぐりの背比べ状態だった。
弟はのちに一年間、家族連れでイギリスに留学しているが、オーラルな英語力にはいまだに劣等感をもっているらしい。それなのに、シェイクスピアの研究者となり、よりによって古巣の英語学科で、日本語より英語のほうが得意な学生を相手に教えている。英文学科で教えれば、もう少しましだったのでは、とひそかに思っている。そんな英語学科の学生のあいだに「英語病」と彼がみなす症状が散見されることにたいし、長年、違和感、危惧感を抱いたあげくの作品のようだ。
もっとも、「英語病」の命名者は弟ではなく、本書最後に登場する精神科医の山下悠毅氏なのだという。山下氏は2012年12月に自身のブログで、英語も仕事もできる人に劣等感を抱き、「自分だって〝英語さえ〟できれば」と信じて疑わない人がいることへの警鐘を鳴らしていた。こうした人びとは被害者意識が強く、自分が報われないのは「親の育て方が駄目だったから」、「英語ができないから」だと思い込むのだそうだ。それどころか、「英語病」になると、英語を学ぶことが宗教の教義のようになり、むしろ「英語教」に近いのだと。山下医師と弟の「英語病」の定義が若干異なるように思うのは、弟がその進化系の症例を見ていて、山下医師はより一般的な挫折組の患者を診ているからなのかもしれない。
いずれにせよ、うちの近所でも、小学校の下校時に校門前で英語塾のバスが子どもを迎えにきていたりするので、私の子ども時代はもちろん、子育て時代とも異なる英語学習熱の背景は見えてきた。英語で何かしらのコンプレックスを抱いた親世代が、自分の苦労や失敗を繰り返させたくないから、または子どもに恨まれたくないからと、英語塾通いを何よりも優先させているのだろう。だが、実際には、本書で多くの方が指摘するように、英語は道具に過ぎず、目的にはならない。まして信仰対象にはなりえない。
本書は英語教育だけでなく、日本の国語教育の問題にも多く触れている。古文・漢文はわりと好きだったのに、現代国語はちっとも興味をもてず、最後まで苦手教科の一つだった私にとっては、「言語技術教育」の普及に尽力されている三森ゆりか氏のお話には、共感するものが多々あった。「主人公はどう思いましたか?」とか、「感動したところを書きなさい」などと試験で問われるのが、とにかく嫌いだった。日本では「なぜ?」が軽視されているという件では、孫が「なんで?」「どーして?」を連発して、ときには答えに窮して帰宅後に理由をググって調べたりしたことなどを思いだした。うちの娘夫婦はどちらも辛抱強く教えるタイプだが、弟もそうであったことを知り、だから「この子はこんなに理屈っぽくなってしまった」と奥さんに怒られたと読んで、光景を思い浮かべて笑ってしまった。ちなみに弟のところは英語学科の同級生同士の夫婦だ。
ついでながら、「言語技術教育」の専門家でおられる三森氏に、一読した程度でこんなことを書くのは非常におこがましいのだが、Language Artsの訳語と思われる「言語技術」は、人の脳のなかで言語化される前の世界共通の部分とのことらしいので、「技術」以外の訳語を当てはめたほうがよかったのではないかと思った。実際、「言語技術」は、近年のAIの大進化を裏で支えるlanguage technologyの訳語として、ウィキペディアではまず検索される。両者に共通する面もあるのだろうが、こちらはコンピューター関連の用語だ。そもそも、「技術」という訳語は定義がやたら広い。日本語はそれだけこの手の語彙が不足しているわけで、私はいつも訳し分けるのに苦労している。じつは、scienceとtechnologyを混同する日本人があまりにも多いため、私は最近、後者の定訳だった「科学技術」から「科学」を省いて、「技術」をもっぱらtechnologyの訳語に充てている。そうなると、skillやtechnique、artsをどう訳すかという問題になり、さらにはそれに近い言葉としてabilityやcapabilityとどう区別するかなど、考えればきりがなくなる。三森氏の「言語技術」に関しては、インタビューを読む限り、「技術」よりも「能力」が近いように思い、「能力」を使いたくなければ、「言語術」でもよかったのでは、などと読みながら感じた。
もう一つ、ついでながら、critical readingやcritical thinkingに関する考察もたいへん興味深く拝読したのだが、「批判的読解」とか「批判的思考」と訳すことの弊害を恐れて、横文字やカタカナ語のまま使っていては、おそらくいつまで経っても日本社会には浸透しないだろうと思った。大半の人は批判を非難と混同しているので、まずはその区別をつける必要がある。文章を批判的に、客観的に、さまざまな角度から読む訓練ができていないからこそ、好きか嫌いか、敵か味方かの二項対立になって終わるのだ。
NHKニュースキャスターの有馬嘉男氏との対談では、村井吉敬先生の話題が出てきた。私も一年のときに一般教養で履修したはずと思い、成績表を探したのだが、卒業証書もろともどこかにしまい込んだらしく、見当たらない。経歴詐称と言われないように、暇になったら家探しをせねば! 弟の奥さんが村井ゼミだったことも本書で初めて知った。それまで欧米に向いていた目をアジアに向けさせてくれた濃い内容の授業だった記憶はある。感化されて、東南アジアに関連の活動で赴いた同級生も何人もいたが、当時、私の関心はもっぱらスキーに向いていたので、授業に出る以上の成果はなかった。
弟の教え子で、ダンサーや国際交流イベント企画運営で活躍している知夏七未氏が、ミス・コンテストとNGOという異なる体験をつづけるなかで、救世主としてではなく、対等な友達として支援することの重要性を語っていたのも、どこか村井先生に通ずるものを感じた。
弟がシェイクスピア研究者になったのは、確か安西徹男先生の影響が大きかったはずだ。ほぼ同時期に同じ四ツ谷のキャンパスにいたのだが、異母弟で一緒に育っておらず、会うとぎこちなく挨拶する程度の間柄だったので、学生時代のことはよく知らない。私は小6か中学に入りたてのころ、ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』のサントラ盤LPを買って、わからないなりに何度も聴いていたので、やはり同じ授業を受け、その後、こんにゃく座のお芝居などではシェイクスピア作品をいくつか観たが、翻訳のなかの引用文としてシェイクスピアを訳さなければならなくなると、その場凌ぎで対応するしかない。演出家で翻訳家の小川絵梨子氏との対談で、バルコニーのシーンの会話がいかに訳しにくいか、弟が力説していたのも印象的だった。「ひとつの作品に対して色々な人の訳があると補完される」という小川氏の言葉に、こういう考え方は素敵だなと思った。
英語の落語で日本文化を海外に発信している立川志の春氏との対談で、シェイクスピアの『冬物語』の話で盛り上がっているのを読むと、いつかこの作品に限らず、英語落語なるものを聴いてみたいと思った。ただし、落語の世界は師匠との同化が求められるそうだ!
同世代に近い人が多いせいか、FEN(米軍のラジオ極東放送網)に言及している人も散見された。私は中学生から高校初めまでの数年間、毎週土曜の夜の『全米トップ40』を聴いていた一人だし、FENもそれなりにBGMで聴いていた。先日、亡くなったボニー・タイラーのヒット曲「It’s a Heartache」などがヒットしていた時代だ。
『J-MELO』のチーフ・プロデューサーだったという原田悦志氏との対談で、音楽は歌詞を聴くのか、サウンドとして聴いているのかという議論は、うちでもよくするので面白かった。私は圧倒的に後者で、音楽のほうは間奏や低音までよく覚えていたりするのに、歌詞の意味はずいぶんしてから気づくことが多い。娘と孫は歌詞派だ。孫にいたっては、『メトード・ローズ』というピアノ教本で出てくるフランスの曲(Marie trempe ton pain)の歌詞を教えると、意味もわからないのに、驚くほどの記憶力でそれらしく覚えて歌う。ときどき「パン・マリ」が「たまり」醤油のようになっているが、フランス語っぽいリズムで歌えるのだ。こうした言語脳が発達する時期の外国語教育に関する考察は、残念ながら本書にはない。
「トリ」はやはり、弟の高校時代の同級生という宇宙飛行士の若田光一さんだろうか。私は若田さんが搭乗したISSを眺めていたので、余計そう思うのかもしれない。インタビューはヒューストンに滞在中の若田さんと2021年4月にオンラインで行なわれた。ソユーズ宇宙船はいまもISSに向かい、カザフスタンの草原に帰還しているので、言われてみれば当然なのだが、「ロシア語は宇宙飛行士の必須言語」なのだそうだ。若田さんのロシア語習得までの涙ぐましい努力を読んだあと、インタビュー後に始まったロシアによるウクライ侵攻は、究極の国際空間である宇宙ステーション内にどんな影響をおよぼしているのか、ISSはこの先どうなるのか、気にせずにはいられなかった。
本書のためのインタビューが実施された2021年から現在までに、世界情勢はコロナ禍の残響なのか、温暖化が一段と進んだためか、確実に悪化した。いまや世界はどこも危険そうに見え、円安ですべてが高くなり、オンライン情報だけが格段に豊富になった。「大部分の日本人が生きて行くのに、英語はほぼ不必要です」という弟の主張は、この時代に即しているのかもしれない。日本の若者は狭い日本を飛びだす代わりに、自分たちの居場所を奪いそうな在日外国人のみならず、訪日外国人客まで敵視し始めている。英語だけでなく、多様な言語を学ぶ機会を小学生に与えるという弟の提言は、どれもこれも中途半端になって終わりそうな予感がする。遊びの一環で少しばかり覚えるならいいけれど、外国語はある程度、継続して時間を割かない限り身にはつかない。あまりにも多くの選択肢を与えるのではなく、数カ国語のなかから一つ、または二つを自分で選ぶ、くらいが関の山ではなかろうか。
日々、英語を使って儲からない仕事をつづけ、いまや瞬時に答えが出る機械翻訳に教えられることも増えた一翻訳者が、英語を学ぶ意味を付け加えるとすれば、英語というインターフェイスは、その他どの言語よりもそれによって得られる情報が多いことだ。それはビジネスで役立つとかいう実際的な側面以上に、批判的読解をするうえで重要なものになる。戦犯として絞首刑になった広田弘毅が巣鴨プリズンに面会にきた孫に、「自分に恥じない人間になりなさい。そして何か他国語を一つ覚えなさい」と言った言葉が忘れられない。外国語は自分を外から見つめ直す鏡なのだと思っている。
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