小学生のころ、地元の「どんぐり文庫」で借りて読んだピアス作品は『トムは真夜中の庭で』だけで、『ハヤ号セイ川をいく』は、『サティン入江のなぞ』や『まぼろしの小さい犬』などとともに子育て中に図書館で借りて読み、原書も入手して読んだものだった。
残念ながら、以前の講談社からの版は翻訳にかなり難があり、原書を手に入れて読んだところ、あきらかな誤訳も散見されたため、ならば自分で訳してみようと一念発起したことがあった。まだ会社勤めをしていたころか、失業中だったか、記憶が定かではないのだが、いずれにせよ1990年代にこの作品を全編翻訳し、製本テープで本の形にし、小学生だった娘に読み聞かせていたのだ。棚の奥を探してみたら、3.5インチのフロッピーも見つかり、古いフロッピーディスク・ドライブを探しだして入れてみたが、唸るばかりで開けなかった。あのころはプリンターがなく、ワープロ専用機でつくったような気もする。
のちに講談社の編集者と会う機会があり、一応、打診はしてみたものの、当時はまだ版権も切れていなかったのだろう。私の最初の翻訳作品は結局、娘が読んでくれただけで、何にもならずに終わった。転職した当初は、児童文学の翻訳者になりたかったのだが、いまや小学校高学年くらいの子どもたちは塾通いやゲーム等々に忙しく、そもそも子どもの人口が私たちの時代とは比べものにならない。児童書は、絵本以外はなかなか売れない時代になったらしい。出版業界全体が厳しい状況だが、このジャンルはますます狭き門となっており、私が入り込める隙は見つからない。岩波から新訳が出るというニュースを見たときは、正直言って残念だったが、まあ、こればかりは仕方がない。
そんなわけで、ここ数日は夜な夜な、岩波少年文庫の新訳を少し読んでは、自分の訳や原書と読み比べて、にんまりしたり、憤慨したり、付箋を貼ったりしていたのだ。インターネットも使えなかった時代の翻訳と比べれば、新訳は当然ながらはるかに読みやすくなっている。講談社版の訳では「殺人的落下物」という意味不明な言葉になっていた(と記憶している)箇所も、新訳では「いきおいあまって転落してしまうかもしれないと思ったからだ」(fearing some murderous drop from the roof-top might lie)と、きちんと訳されていた。前の訳者は私同様に老眼だったのか、急流下り(rapid shooting)がウサギ狩りと訳されている箇所もあったはずだ。
物語そのものは、2人の少年が詩を手がかりに先祖が隠したと伝わる宝探しをする話で、詩のなかの言葉に込められた意味を、あれこれと推測する。一般論として詩を訳すのは非常に難しい。しかも、この物語では詩が大きな意味をもち、何度も異なる状況で、異なる解釈で同じ詩が繰り返される。毎回訳して変えてしまっては、英語の原文を想像できない小学生の読者には、意味のわからない手がかりとなるだろう。残念ながら新訳でも、この詩は毎回、状況に即して違う言葉で訳し直されてしまっていた。
原詩は次のようなものだ。
Whan Philip came to the single Rose
Ouer the water
The tresor was taken where no one knows
None but my daughter.
新訳ではこうなっていた。
フィリップはやってきた
一輪のバラのもとへ水の上をわたって
宝ははこばれていった
わたしの娘しか知らないところへ
30年ほど前の拙訳はこうだった。
フィリップが来たとき ひとつのバラへ
水をこえ
宝は運ばれた 人知れぬところへ
わがむすめよりほかは
少年たちはこの詩をどこで区切るべきかをめぐって頭を悩ませるので、原詩の語順や改行はできる限り変えないほうが望ましい。和歌の掛け言葉のように、二重、三重の意味をもたせるには、「一輪のバラ」と誤解しようのない明確な表現を使うと、single roseがのちに「一重咲きのバラ」に意味を変えた場合に、たとえ漢字では「輪」と「重」の違いであっても、読みも違うので、ふりがなに頼る読者は混乱するのではないか。私も悩んだあげくに、「ひとえ(つ)のバラ」とし、シングルとルビを振ったり、多少の訳註を入れたりすることで誤魔化したが、ここはもう一工夫欲しかった。
Ouer (over)という前置詞は、のちに宝の隠し場所が移されたときにunderに書き換えられ、謎解きに大きな意味をもつ言葉なので、この小さな一語を「水の上をわたって」と具体的に書いてしまうと、あとからなぜそれが「川にかかる」橋と読み替えられるのかわかりにくい。詩が後年、書き換えられたときも、なぜ「水の下へ」と大幅に書き換えられたのかと、幼い読者であれば疑問に思うだろう。読者対象は小学5・6年生から、ではあるが。
いまだったら、「水をこえ」と動詞にせずに、より前置詞的に「水の上へ」にしたかもしれない。この詩が言及されるすべての箇所が、この表現でうまく収まるかどうか確かめなければならないが、うまくいけば「上」と「下」の書き換えだけで済む。文末が「へ」ばかりになるのを避けるには、「ひとつのばらのもとに」、「人知れぬところに」と変える必要もある。「わがむすめをのぞいて」とすれば、一応、脚韻も踏める。
もう一つ、新訳で残念に思った重要なことがある。ネットでちらりと検索した限りでは誰もこの点に言及しておらず、著者のあとがき(1999年版)でも触れられていないので、単に深読みのし過ぎなのかもしれないが、この物語でピアスは言葉に裏の意味を込めているのだと私は思った。原題はMinnow on the Sayという。舞台はピアスが生まれ育ったケンブリッジ郊外で、セイ川のモデルとなったのはあのケム川だ。セイ(say)というやや風変わりな川の名称に、「言う」という意味を込めていたのではないのか。そして、ヒメハヤという小さな淡水魚の名前であるminnowには、me know「ぼくは知っている」という意味が込められていたのではないのか。
船名の命名者は、カヌーの本来の持ち主ではなかった年下の少年デイヴィッドだ。下流のリトル・バーリー村に住む路線バス運転手の息子という設定である。デイヴィッドはふさわしい船名をあれこれ考えたあげくに、「I shall call her the Minnow」とひらめく。この箇所は新訳では、「ハヤだ。この船はハヤ号だ」となっていた。船名は別にして、雰囲気は出ている表現だ。私訳では「ミノウ号にしよう」とし、この船名で通すことにした。その後、上流のグレート・バーリー村の大地主の末裔で、カヌーのもともとの所有者であるアダムと一緒に再度、船名を考える場面があり、そこでもデイヴィッドが勇気を出してミノウ号という名前を提案し、最終的に年上のアダムもその考えを受け入れる。
アダムの伯母のミス・コドリング(新訳ではコドリングさん)はコドリング老人の娘なので、宝の隠し場所を知っているはずなのに、「もちろん、おばさんは自分が知っていることを知らない」(of course, she doesn’t know she knows)という、やたらknowが強調された箇所もあった。物語の後半で登場するスミス氏はデイヴィッドが自分の正体を見抜いていたことに感服し、‘I shall remember you as the boy who knows everything, except that he doesn’t know quite everything.’、「おまえのことは、すべてを知っていると思いこんでいるが、じつは知らないことがある男の子としておぼえておこう」と、またもやknowを強調した言い回しをする。私訳では「きみのことは、何もかも知っている少年として記憶にとどめておこう。とはいってもまったくすべてではないがな」としていた。
一族に伝わる家宝を探すことにミス・コドリングにたいし、少年たちが自分らの動機を打ち明け、説得する場面では、'No, it’s just so that we can have our say.’と、自分の意見を言うという表現でsayが強調されている。新訳では「ちがうよ。ぼくらの話をちゃんと聞いてもらいたいだけさ」となっている。意味としては通じるが、訳者は「セイ」に格別な意味を感じていなかったのだろう。私訳では「ううん、ただ、ぼくたちの言いたいことがちゃんと言えるようにさ」と、「言う」を強調していた。
コドリング邸が売られてしまう切迫した場面で、デイヴィッドが大人たちを必死に止めようとした際には、ミス・コドリングが「デイヴィッド、言いたいことを言ってちょうだい。てみじかにね」(‘David, say what you have to say, quickly.’)というセリフもあった。もっとも、knowもsayも非常に使用頻度の高い、ごく一般的な動詞であり、私のピアス好きが高じて、余計な勘繰りをしているだけかもしれない。それでも、子どもが成長する過程で、大人にも負けない推理を働かせ、自分の意見をぶつけながら謎解きをするこの物語で、この二つの言葉がキーワードなのだと思って読むと、ピアスが本来描きたかったことが見えてくる気がする。
あまりにも思い入れの多い作品なので、選ばれた訳語が随所で気にはなるが、30年ぶりに読み返すのはじつに楽しい。十数年前にほんの数日間ではあったがケム川沿いも歩いてみたし、娘が留学時代にこの物語そっくりにケム川で船遊びする様子なども写真で見てきた。グレート・バーリー村のモデルである高級地区グレート・シェルフォード村の水車場の所有者だったというピアスの実家が、コドリング家のモデルとなったであろうことや、第二次世界大戦で戦死した息子の死を受け入れられないコドリング氏がいまなら認知症と診断される症状になっていたこと、早くに夫を亡くし、娘を連れて実家に戻ったという著者ピアスが、ミス・コドリングに自分を重ねていたであろうことなども改めて認識した。アルマダ海戦の時代までさかのぼって共通の先祖がいる子孫同士がそっくりな顔立ちで、先祖の肖像画の前に立つ場面などを読んだことは、おそらく私がのちに先祖探しにはまる遠因となっただろう。キバナノクリンザクラ(カウスリップ)、アップルミント、スイカズラ、ニレ、サンザシ、イボタ等々、たくさんの植物も登場する。夜中にこっそり家を抜けだして、カヌーを漕いで石橋を探検するシーンは、いま読んでもわくわくする。
近所の書店の岩波少年文庫のコーナーには入れてくれそうにないので、孫が読むにはまだ少し早いが、新版は横浜市の生活応援クーポンを使って(!)購入してみた。いつか、私の昔の訳文や原書と読み比べて英語の勉強でもしてくれたら嬉しい。原書はいまではネット上で読むことができる。翻訳にはこのサイトと同じペーパーバック版を使ったはずなのに、狭い家のなかでその本は行方不明になっている。
岩波少年文庫からの新訳(右側)、水色の表紙のものが私の最初の翻訳作品! ハードカバー版はのちにカバー写真に惹かれてつい購入した。
娘に読み聞かせながら、わかりにくい箇所や、読みにくい部分を訂正していた痕跡が……。
0 件のコメント:
コメントを投稿