2020年9月14日月曜日

埋もれた歴史:幕末横浜で西洋馬術を学んだ上田藩士を追って

 ある日、グーグル検索で見つけた一文の謎を解こうと、元来飽きっぽい性質の私が足掛け6年間、調べ、書き、やっとの思いで本の形にしたものを、このたび『埋もれた歴史:幕末横浜で西洋馬術を学んだ上田藩士を追って』(パレードブックス)として、わずかばかりの部数ながら自費出版した。
  
 その一文は、幕末に信州上田を訪れたウィリアム・ウィリス医師が、偶然そこで出会った高祖父の名前を書き留めておいてくれたもので、これを手がかりに元禄時代まで祖先をたどり、幕末に生きた高祖父に関しては写真まで探り当てた。上田藩の馬役だった高祖父は、佐久間象山のもとで学び、幕末の転換期に老中を務めた上田藩主松平忠固に仕え、イギリス公使館付騎馬護衛隊長アプリン大尉のもとに通って西洋馬術を学んでいた。

  筆文字の古文書から当時の新聞記事や日記まで、国内外の多数の文献や古写真に当たり、足で歩いて現場を確かめた結果、歴史の定説がいかに間違っていたかがわかり、増えつづける疑問が原動力となった。一次史料を多く用いた考察で、すらすら読める内容ではないが、専門の研究者だけでなく、歴史散歩の愛好者や、祖先探し、古写真、馬・馬術に関心のある方にも読んでいただきたい。

 経費を切り詰めるため、インデザインを独学し、自前の校正による完全データ入稿という形をとったため、完璧とは程遠い仕上がりとなった。カバーには、江戸時代に上田藩の財源となっていた伝統的な上田縞紬の画像と、最後の藩主松平忠礼と筆者の高祖父の写真を使わせていただいた。カバーデザインは、娘で絵本作家の東郷なりさが、本書が少しでも「埋もれないように」、題字のなかに高祖父が打っていたはずの蹄鉄と、馬の尾、および上田の生糸を入れてくれた。(娘のブログ記事はこちら。)江戸時代まで日本の馬はわらじを履いていたので、西洋馬術を始めるには蹄鉄を打つ必要があった。

 歴史家は通常、過去のおもだった事件をつなぎ合わせるため、歴史全般を勝者の視点から語りがちになる。さもなければ敗者を悲劇の英雄として、人の琴線に訴えるドラマを描く歴史小説的なアプローチとなる。翻訳の仕事を通じて考古学や人類学、生物学、地理学、経済学など、歴史以外の分野に触れることが多い私からすれば、勝者であれ敗者であれ、歴史は少数の人間だけが動かしたものではない。歴史とは、偉人や英雄だけが活躍した物語ではなく、自分たちの無名の祖先たちもその時代を生きて、何かしらは考え、そこに関係していたはずのものなのだ。祖先や郷土史を調べ、忘れられた大勢の人びとについて調べることが、ひいては国の歴史だけでなく、世界の歴史も知ることにつながるはずだということを本書は微力ながら提言する。

  祖先探しをしたい一般の読者には、研究機関に所属しない一般人であっても、現在はインターネットや図書館などを通じて多くの史料が公開されていて、素人でも博物館や資料館の所蔵品の閲覧は可能であることを示し、どうやって調査を進めたかを伝えたい。

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